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 大学からの帰りに雨に降られ、ぐっしょり濡れた状態で恭司のマンションへと帰りつく。 「うー…涼しくなっていいけどさ」  秋も中頃と言う時期だったが、その年は酷い残暑のせいかいつまでも暑いままだった。 「あれ?傘買わなかったの?」 「もったいないだろ」  やっと目覚めたらしい恭司が、キッチンから顔を覗かせた。オレの姿を頭から爪先までじっくり見て、満足そうに頷く。 「うん。眼福」  訳分からん。  オレは肌に張り付いたシャツの脱ぎながら、キッチンの方へと向かう。キッチンでは恭司がフライパンを器用に煽ってオムレツを作っている所だった。 「あ。晩御飯いらないから」 「えぇ?マジで?」 「姉さんが遊びに来いって」  フライパンから皿にオムレツを移し、タオルを取り出した恭司は不思議そうに首を傾げた。 「嬉しそうじゃないね」  タオルでオレの頭を拭きながらそう尋ねかけてくる。  何と答えていいかわからず、曖昧に笑う。 「新婚家庭に邪魔しに行くからね」 「そうだな。あ、土産には駅前のケーキがいいんじゃないかな?」  いい評判聞くよ?言う恭司の唇にキスをする。つまみ食いをしたのか、微かにトマトの味の口内に舌を入れ、冷えた体を触って欲しくて摺り寄せた。 「…ぁ…ふ……いきなりだなー」 「時間あるしさ。体…冷えたから、温めてよ」  そう言うと、恭司が優しく抱いてくれるのを知ってて、オレはそこに逃げ込む。  これから行かなければいけない場所と、見せ付けられるであろう二人の仲の睦まじさから、一時でも目を逸らしたくて… 

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