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 小さなノック音に返事を返し、読んでいた本をサイドテーブルに置いていると、ゆっくりと扉が開いてほっそりした女性が顔を覗かせた。  見た事のある顔ではない。  けれど、美しい人だと思った。 「西宮さん、御加減いかがですか?」  控えめな声音は耳に心地よくて、思わずにっこりと笑い返す。 「もう大丈夫ですよ。小夜子さん…ですね?」  確信を持って言うと、女性はやや困ったかのような仕草をしながらこくりと頷いた。その拍子にさらさらとした長い黒髪が肩から零れ落ち、シャンプーの匂いが鼻腔を微かにくすぐった。  見舞いの果物をサイドに置くと、傍の椅子に腰掛けた彼女を見やる。  年はオレよりやや下くらいだろうか、色白で、端正な顔をしていて、どこか上品な仕草が彼女が社長令嬢だと物語っていた。 「すみません…もっと早く来なければいけなかったんでしょうが…」 「いえ、父が気を使わすのも…と、連絡をしなかったと聞いてます。たいした怪我じゃないし、黙ったままで良かったんですよ」  そう言ってにっこりと笑いかけると、伏せ目がちな目が戸惑う様に揺れる。 「あの…」  ちらりとこちらを見ては、合う視線に顔を赤くして慌ててまた下を向いてしまった。 「事故のせいか記憶があやふやな所があって…結婚を前提にお付き合いをしていたのに、それも良く思い出せなくて」 「小父様から大体の話は…」  少し悲しげなその横顔を見て、胸の中にもやもやとした物が溜まっていくのをはっきりと感じると同時に、彼女には笑っていて欲しいと言う願望が頭を擡げる。  薄萌黄のスカートの上にきちんと行儀よく置かれた彼女の手を取り、優しく握り締める。  ほっそりとした長い指を持つ手が、どこか懐かしく思えると言う事は、以前にもこうして手を握った事があるのだろう。 「事故なんかで記憶をなくしてしまうような薄情な男ですが、このままお付き合いして頂けますか?」  そう言うと、不安げに揺れていた瞳がはっとこちらを向き、一瞬逡巡するような色を浮かべる。 「………はい。宜しくお願いします」  けれど彼女はそう言って、にっこりと笑顔を見せてくれた。

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