肩の荷が下りた様な気分でネクタイを緩める。 　電気を点けるのも億劫な気分でソファーへと横になって深呼吸をすると、スーツが皺にならないかと言う心配もどこかに行ってしまった。 　顔合わせが滞りなく済んでほっとしていた反面、彼の事が気がかりだった。 『佐藤』 　知る筈のない相手からその名を呼ばれてドキリとした。懐かしい名前に、哀愁を感じる。 　西宮の名前が嫌な訳ではなかったが、幼い頃に亡くなった両親から受け継いだ名前が無くなってしまった事が寂しくもあった。 『佐藤』 　彼の声で呼ばれた名前が愛しく思え、オレは初めて西宮になった事を後悔した。それと同時に、彼が自分の以前の名前を知っていた事に驚きもある。 　小夜子が話したのか？両親から聞いたか？それとも調べたのか…？ 　いいや…と首を振る。 　隠し回ってる訳ではないのだから、彼が知っていてもおかしくはない。 「圭吾…だったか…」 　その名前を呟いて思い出す。 　書斎がわりに使っている部屋へ行き、デスクの引き出しを開いてハンカチに包まれたソレをそっと指先で摘まみ上げ、その内側に目を凝らす。 　ひっそりと隠すように内側に付けられた赤い石と、その隣に彫られた『keito』の文字を見つめる。 　この指輪を何故持っているのかは分からない。 　意味のない物なのだから、捨ててしまえばいいのに、それが出来なかった。 「ケイト」 　呼んでみても、その名前の人物に心当たりはない。 　一瞬、彼の顔が浮かんだが、緩く首を振った。 「彼は圭吾だ。それに…」 　彼は初めましてと言った…