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特に何か、彼に対して思う所があった訳ではないが、近頃気付くとぼんやりと彼の事を考えている事が多い事に気付く。
何がそんなに気になるのか…
「すみません、やっぱり今日は無理そうです。仕事が立て込んでいて…ええ、お任せします」
そう言って電話を切る。
折角のドレス選びに立ち会えないのは申し訳なかったが、忙しいのは仕方がない。
取引先へ電話を掛けようとした所で、小夜子の言っていた事をふと思い出す。
『じゃあ…弟に来て貰う事にします』
少し弾んだ、嬉しそうな声音。兄弟のいない自分にはよく分からないが、式のドレス選びについて来て貰うのは、かなり仲がいい姉弟なのだろう。
「彼が…来るのか…」
ぽつりと呟いて取り上げていた受話器を置いた。
早足と言うよりは軽い駆け足で店へと向かう。
きつい日差しのせいか直ぐに汗がにじみ始め、シャツが肌に張り付いて気持ち悪かった。
聞いていた店が見える位置にくると、その中から出てくる彼に気が付く。眉間に皺を寄せ、真剣に携帯と格闘しているようだった。
彼がいる事に嬉しくなって、自然と笑顔になる。
駆け寄り、服の上からでも華奢だと分かるその肩を叩く。
「どこ行こっ…っ!!」
彼は明らかな動揺を見せて後ずさると、オレの頭から爪先まで困惑気味に見つめた。
「よかった。まだ試着終わってないかな?」
「あ…いえ……もう」
「間に合わなかったか…」
残念でないと言えば嘘だったが、だからと言ってどうしても間に合いたい訳ではなかった。
むしろ、ほ…ともしていた。
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