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「姉は中にいますから…俺、これで失礼しますっ」
後退りながらそう言い、その場を離れようとした彼を捕まえる。
見たままの細い腕は、掴むと指が回ってしまう程だった。
「待って!時間作ってきたんだ。どうせなら三人で冷たい物でもどうかな?」
作れた時間なんて知れていた。可能ならば今すぐにでも会社に戻り、同僚に押し付けてきた仕事をこなしてしまいたかった。
けれど…
こちらを睨み上げる彼の事が気にかかって仕方がなかった。
このまま彼を帰してしまいたくなかった。
結婚相手の弟と仲良くしておこうと言う気持ちとは、また少し違う気もする。
「…あ」
睨まれていた目が揺らぎ、その視線がオレのこめかみに注がれているのに気付いて苦笑する。
少し髪を伸ばして、分かりにくくしたつもりだったのだけれど…
「この傷が気になるかい?山で怪我したらしいんだ」
「…らしい?」
男の傷なんて面白い話でもないだろうに、彼はそう呟いて左手を伸ばそうとした。
その手に、残念な物を見つける。
ほっそりとした形のいい手に、オレのこめかみ同様に残ってしまっている傷の痕。
痛々しいそれがやけに目につく。
「怪我のせいで記憶があやふやなんでね。両親からそう言われたんだ」
そう言うと、彼はパチパチと目を瞬かせてから、癖なのか左手に嵌められている指輪を弄り出し、逸らした視線をためらいがちにこちらへと向けた。
何かを考えているようなその態度に、何を言われるのかと覚悟をしていると、
「山、好きなんですか?」
「え?ああ、夏山だけだけどね。興味あるの?」
「あるんですけど、何から始めていいか分からなくて。誰かに教わりたいなって思ってたんです。話聞かせてもらってもいいですか?」
彼の興味が引けた事が嬉しくて、オレは二つ返事で答えた。
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