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軽く手を上げて合図を送る悪友の狩 誠介を見つけてそのテーブルに着くと、直ぐに店員が注文をとりに来る。
「…で?」
久し振りに会った悪友の第一声がそれだった事に苦笑を漏らしつつ、結婚式の案内状を取り出す。
「これ。来てくれるか?」
煙草を吹かしながらそれを受け取った誠介は怪訝な顔をこちらに向け、不機嫌そうに口を開いた。
「やっと連絡寄越したと思ったらコレか」
「去年から連絡しなかったのは謝るよ。でもなかなか連絡とれないのはお互い様だろ?」
以前から何を考えているか分からない奴だったが、今日は更に酷いように思える。むっつりとした顔のまま煙草を乱暴に灰皿へと押し付けた。
「頭打ったって本当だったか」
「やっぱりお前の耳にも入ってたか」
まぁ…と返事をしながら、新しい煙草に火を点ける。
「…………じゃあ、アレも忘れてんだな」
「は?」
「夏の頭くらいに会ったのは?」
緩く首を振ると、悪友ははぁー…と大きな溜め息と共に大量の紫煙を吐き出す。
その煙を邪魔に感じながら、尋ね返そうとする前に、悪友は結婚式の案内状を突っ返してきた。
「悪い。煙草の値上がりで祝儀が出せん」
「……なぁ…どんな用件で会ったんだ?」
案内状を受け取らないまま尋ねると、昔から変わらない意地の悪そうな眉を意味ありげに上げてみせる。
「祝儀代わりに教えてくれ」
例え記憶がなくなっていたとしても、自身の人生に劇的な事が起こるとは思っていなかった。だから記憶がないと言われても、大した思いは抱かなかった。
確かに、仕事などで困る事があっても、私生活においては平凡で代わり映えのない生活しか送っていないと思っていた。
けれど…違うようだ…
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