「忘れとけば？」 　無精髭の伸びた顎を撫で、気楽そうにそう言う。 「頭打ったくらいで忘れるって事は、その程度の事か忘れた方がいいって事だ」 　三本目を取り出そうとした為、誠介から煙草の箱を取り上げる。 「頼む」 「…いいんじゃね？相手も連絡寄越さねぇんだろ？」 「相手？」 　懐から新しく出した煙草の箱の封を開け、どうしたものかと思案顔をしてみせた。 「思い出してどうすんだ？」 「え？」 　思い出して？ 　どうする？ 　尋ねられて答えに詰まる。 　連絡の途絶えた… 「連絡をしてこないって事は…連絡したくないって事か？」 　そう思ったままを尋ねると、眉を上げて肩を竦められてしまう。 「まぁこれも天啓天啓」 　やはり気楽そうにそう言い、テーブルの上に置いたままだった案内状を懐に仕舞うと誠介は立ち上がった。 　ぽん…と肩を叩かれてそちらを見上げる。 「…俺は、これで良かったんじゃないかって思う」 　その真剣な声音に、オレは口を閉ざして首を振った。 　良しとは、どうしても思えない。 「………まぁ、好きにしろ」 　店を出て行く後姿を見やりながら、こめかみの傷に手を伸ばす。 　記憶のない間に出会った…誰か。 　ほっそりとした指に嵌った指輪を思い出す。 　思い出すのは…それだけだ。