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 チン…とエントランスに着いたエレベーターが開くと、見た事のある後姿が早足にマンションの出口に向かう所だった。 「圭吾君?」  そう声を掛けると背中がびくっと震え、雨に濡れた大理石の上でつるりと足を滑らせた。 「ぅ!?」 「危ないっ!」  咄嗟に駆け寄り、その華奢な体を抱きとめる。  女の体のように折れてしまいそうな細さではなかったが、腕にすっぽりと入ってしまう体は庇護欲を掻き立てるには十分だった。  腕の中の体が身じろぐ。  彼のうなじから匂う甘い匂いを、思わず鼻腔一杯に吸い込む。 「このエントランス、よく滑るから…」  そう言いながらも、意識は密着した彼の体に向いていた。 「た…助かりました。すみません」  腕の中の彼がもぞもぞともがき始めて抜け出そうとするが、それが嫌でぎゅっと腕に力を込める。 「あの…っ手を…」  弱々しく吐き出される言葉に、はっと気付いて手を離す。  離れていく温かさを取り戻したくて伸ばしかけた手をぎゅっと握る。 「……すまない。さあ、お姉さんが待ってるよ、なかなか入ってこないから心配してた」 「大きなマンションだから、びっくりして…きょろきょろしてました。新しくて、綺麗ですね」  その言葉に、彼はここに来た事がないのか…とぼんやりと思う。  家に招く程の関係ではなかったのか? 「圭吾君のアパートはレトロだったからね」 「…え?」  思わず口をついて出た言葉にはっとなる。ケイトを見ると、青い顔をしてこちらを見上げ、その手からケーキの箱が滑り落ちた。  駆け寄ると、彼の握り締めた左手が目に入った。  シンプルなデザインのそれは、サイズが違うだけでオレが持っているものとまったく同じに見える。 「圭吾君!?」  蹲る彼の傍に膝をついて顔を覗き込む。  青い顔のまま、彼は「何でもないです」と口にした。

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