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慌てた頭で咄嗟に出た言葉が、
「そうやって少し俯くと、お姉さんと似てるね」
だった。
自分との事を聞く為にここへ来たのに、小夜子の事を話題に出してはまずいのははっきりと分かっていた。ケイトとオレが恋人の関係にあったと言うのならば、彼女との事は彼にとっては非常にデリケートな問題だ。
それを分かっていたはずなのに…出てしまった言葉は取り返せない。
「あんまり…そうは思わないんですけど」
「お姉さんと初めて会った時にね、綺麗な人だなぁって、一目惚れしたんだ」
言わなくてもいいような事までぽろりと言ってしまい、顔をしかめるのを誤魔化す為に烏龍茶を飲む。
「………そう…ですか…」
答えた彼の声音は、明らかに沈んだ物だった。
何か、何か彼の気を逸らせないかと焦って視線を彷徨わせていると、彼がオレを呼んだ。
「……お義兄さん」
何度か呼ばれたその言葉を、彼がどんな思いで言ってるのか…
焦った頭で彼の喜びそうな事を…と考え、口をついて出たのは真逆の効果しかない物だった。
「なんだい?あ、お姉さん、圭吾君がやっと来てくれたって凄く嬉しそうにしてたよ」
彼と小夜子の仲の良さが咄嗟に思い出されて出た言葉だったが、それを聞いた彼は泣きそうな顔をして肩を落とした。
落胆を見て取り、それを回復させる何か言わなければと更に焦っていると、谷がそっと寄り添って取り落としそうになっていた道具を取り上げた。
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