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「…っ…離せよ。恭司が来る前に、店に戻らないと」  その唇が、他の男の名前を呼ぶ事が耐えられない。 「離せ…ぅ………っ!」  無理矢理塞いだ唇の感触に、懐かしさが込み上げる。  しっとりとした珊瑚色の少し薄めの唇、その細い体を壁に押さえつけ、舌を差し込んで歯列をなぞると、固く強張っていたケイトの体から微かに力が抜けた。  角度をずらし、上顎を舐め、奥に逃げようとする舌を絡ませる。 「ぅ…ん……ぁ…」  久し振りに鼓膜を震わしたケイトの喘ぎ声に、体が熱くなる。  この声だ…  どちらの物か分からなくなった唾液が、二人の唇の間からたらたらと流れ落ちていく。 「ゃ…ぁんっ!!」  逃げて言葉を紡ごうとする口を追いかけては塞ぎ、強く吸い付いて離さない。腕の中の体の震えが大きくなり、カクカクと力の入らなくなった膝の間に足を割り込ませる。  ぽとり…と、きつく閉じられたケイトの目尻から雫が落ちたのに気付き、唇を少しだけ離した。 「ケイト、オレを見てくれ」  言葉を紡ぐと、触れ合う位置でそう懇願する。 「…嫌だ」  その目に見て欲しかった。  拒絶の様に、閉じていて欲しくなかった。 「ケイト」  宥めるように、ゆっくりと名前を呟く。 「…が………ぅ…」 「ケイト」 「…違う!俺はケイトなんかじゃない!!」  どんっと、その言葉と共に突き飛ばされ、思わずよろめく。 「圭吾だ!もう……ケイトなんて奴はいないっ!」  泣き叫ぶようなその声に身が竦む。  傍らをすり抜けるケイトを、オレは捕まえる事が出来なかった。

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