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 まともに歩けない為に会社を休まざるを得なかった。  ソファーに倒れ込んで目を閉じる。 「今…なんと言った?」  凍りついた父の声音に、背中に冷や汗が流れる気がした。 「無理です。見合いはお断りして下さい」  いつも陽気な雰囲気の父の気配がガラッと変わり、居たたまれなさに手が震える。 「理由は、先程言った通りです」 「………聞かなかった。何も聞かなかった!!」  ドン!とテーブルを叩いた音の大きさに驚いて、台所の方から母が顔を覗かせた。リビングの緊張感を感じ取ると、入り口の辺りに座り込む。 「オレは…男が好きです。申し訳ありません」  絨毯に手をついて、深く頭を下げる。  オレの突然の告白に、母が面食らって父の顔を見た。視界に入る父の手がぶるぶると震えて握り締められていく。 「もうあちらには……会うと、返事をしている…」 「会ったとしても、お断りする事になります」  ショックからか、怒りからか…顔色を変えて震える父を真っ直ぐに見る。  引くわけには行かない。  流されるように結婚してもいいと思っていた頃とは…違う。 「あ…秋良…だって、貴方…今まで彼女だって連れてきてたし…」 「…うん」  母の唇も、震えていた。 「お前にはっ…西宮の名前を継いで……」 「子供は残せません。もう…女は抱けない」  ふらりと柱にもたれかかる母の傍に駆け寄りたかったが、こちらを睨みつける父から視線を外す事が出来ない。  使い古されたような言葉だったけれど、幼い頃から実の子供のように可愛がってくれた義父母に、こんな形で期待を裏切る日が来るなんて思いもしなかった。

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