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怒鳴られ、宥めすかされ、泣き付かれて説得されて…
初めて見る母の嘆願に、一度だけと言われて彼女と会った。
「佐藤秋良です」
「さとう…?」
戸惑った表情の小夜子を見た時、どこかケイトに似ていて、邪険にしようとしていたのに自然と笑みが溢れた。
「弟が一人います」
楽しそうに話す姿は、姉弟の中の良さを物語っており、兄弟のいないオレは酷く羨ましく思った。
「圭吾と言います、今は大学に…」
大学生の弟。
思えば、もう少し話を聞いていれば良かったのかもしれない。
「でもほっとしました。秋良さんが優しそうな人で」
数時間会っただけの人間に対して、無防備な事だと思ったのを覚えている。
「良い奥さんになれるように、頑張りますね」
多分、笑顔が凍りついていたと思う。
何故そんな言葉が出てきたのか、訳が分からなかった。
「どう言う事ですか?」
そう尋ねると、こめかみを震わせながら父は新聞を傍らに置いた。
一度会えば断る事もできる。 一度も会わずに断るなんて失礼な事は出来ない。
気に入られなければ向こうから断ってくる。
一度我慢すればいいと…
「見合い話を、男の方から断るなんて事、出来るわけないだろ」
「なん…で…っ!!」
その胸ぐらを掴むなんて事が、あるなんて思わなかった。
「秋良っ!!」
母の声も、止めようとする腕も煩わしい。
「明日…っ役所に、行くぞ」
「うるさいっ!!うるさいっ!!黙れっ」
「…仕方が……ないんだ」
すがり付く母が泣き出し、襟を掴まれて力なく項垂れる父を見た瞬間、頭の中にざぁっと冷たい水が流れ混んできた気がした。
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