139 / 312

62

 重い体を持ち上げる。 「………ああ、会いに行こう…」  オレしかいない部屋は、夕闇にぼんやりと沈んで全ての輪郭が霞んで見えた。 『アキヨシ?』  ケイトはいつもいつも、少し尋ねるような呼び方をする。  あの呼び方をもう一度聞きたかった。  ふらふらとした足取りで、エレベーターを降りる。 「ここで…」  ここで、あの雨の日に、足を滑らせたケイトを抱き締めた。  どうして、あの時に手を離してしまったのか… 「ケイトに…」  呟きながら足を進める。  白い大理石張りのエントランスを抜けて表へ出ると、一人の青年が花壇に腰掛けていた。 「――――ケイト?」  初めて見た時のように、携帯電話をパタンと閉じると立ち上がる。  幻では…ないはず…  目の前に立つ彼が本物かどうか確かめたくて、手を伸ばしてみる。  パシッ 「……」  払われた痛みは、本物だ。 「あ…会いに行こうと思って…」 「ああ。出てきてくれて良かったよ」  こちらを見上げるきつい視線に戸惑い、もう一度手を伸ばそうとすると避けられた。 「姉さんに、何した?」  昨日の夜、突き飛ばした事を思い出す。  …いや、それだけじゃない。  随分酷い事をしていた… 「…実家に帰ってるからって、連絡があった。…どう言う事だ?あんた、姉さんを幸せにするって言ってただろ…?」 「……」 「…っ…この俺に、大事にするから!!任せてくれって言っただろうがっ」  怒りと憎々しさで満ちた彼の目の中に、以前の様な甘い感情を探そうとする。  けれど、こちらを見る瞳に、怒り以外を見つける事はできなかった。

ともだちにシェアしよう!