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重い体を持ち上げる。
「………ああ、会いに行こう…」
オレしかいない部屋は、夕闇にぼんやりと沈んで全ての輪郭が霞んで見えた。
『アキヨシ?』
ケイトはいつもいつも、少し尋ねるような呼び方をする。
あの呼び方をもう一度聞きたかった。
ふらふらとした足取りで、エレベーターを降りる。
「ここで…」
ここで、あの雨の日に、足を滑らせたケイトを抱き締めた。
どうして、あの時に手を離してしまったのか…
「ケイトに…」
呟きながら足を進める。
白い大理石張りのエントランスを抜けて表へ出ると、一人の青年が花壇に腰掛けていた。
「――――ケイト?」
初めて見た時のように、携帯電話をパタンと閉じると立ち上がる。
幻では…ないはず…
目の前に立つ彼が本物かどうか確かめたくて、手を伸ばしてみる。
パシッ
「……」
払われた痛みは、本物だ。
「あ…会いに行こうと思って…」
「ああ。出てきてくれて良かったよ」
こちらを見上げるきつい視線に戸惑い、もう一度手を伸ばそうとすると避けられた。
「姉さんに、何した?」
昨日の夜、突き飛ばした事を思い出す。
…いや、それだけじゃない。
随分酷い事をしていた…
「…実家に帰ってるからって、連絡があった。…どう言う事だ?あんた、姉さんを幸せにするって言ってただろ…?」
「……」
「…っ…この俺に、大事にするから!!任せてくれって言っただろうがっ」
怒りと憎々しさで満ちた彼の目の中に、以前の様な甘い感情を探そうとする。
けれど、こちらを見る瞳に、怒り以外を見つける事はできなかった。
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