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やけに機嫌のいい妻に気付き、秋良はネクタイを弛めながらどうしたのかと問い掛けた。
「圭吾が、遊びに来てくれるって約束してくれたの!」
普段おっとりとした雰囲気の小夜子が子供のようにはしゃぐのを微笑ましく思いながらも、胸中の一部に広がる苦々しさを噛み締める。
スーツをハンガーに掛けながら、「あっ」と小さく声を上げた小夜子が不安そうに秋良を見上げた。
先程とはうって変わったその様子にただならぬものを感じ取って、服を着る手を止めてその顔を覗き込む。
「どうした?」
「……」
逡巡し、小夜子は実は…と切り出した。
「弟の…その、………ルームシェアしてる友達も一緒にと誘ったんだけど……」
「ルームシェア?」
そう相槌を打ちながら、それが友達などではなく垂れ目のあの男の事だと言う事は考えるまでもない。
並々と注いだ酒の入ったグラスを叩きつけた時の彼の、あの威嚇するような目が脳裏を過る。
「……駄目だった?」
小夜子の声にはっと我に返った秋良は、引き裂いてしまいそうな程握り締めていたシャツから手を離した。
「え?」
小夜子はきちんと整えた眉を八の字にして俯く。
「…勝手に、ごめんなさい」
「あ、いや、構わないよ」
秋良の中で、小夜子の顔を曇らせると言うのはタブーだった。
小夜子が幸せな事は圭吾の望む事であったから。僅かでも彼の望みに沿う事で少しでも近くにいると感じたかった。
「よかった」
にっこりとした笑みを返されて、秋良は安堵の息を吐く。
けれど胸の内に広がる苦々しさは増すばかりだった。
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