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 馴れない、けれど懐かしい名前を呼ばれて狼狽する圭吾に向かってふぅ…と紫煙を吐くと、男は「ちょっと話そうや」と立ち上がる。 「…おっさんと話す事なんかねぇよ」 「話がないなら、ラブホにでも行くか?」  にやにやと底意地の悪そうな笑みに、圭吾は不快感を露にして歩き出す。 「…おい、待て」 「おっさん、自分が常識はずれな事言ってんの分かってるのか?」  軽蔑の眼差しを向けられても、男は笑みを絶やさなかった。  歩みをどんどん早める圭吾を面白そうに見やると、潜めた声音で囁く。 「義兄とラブホに行く方が、常識はずれだと思うが?」  ど…と心臓が脈打った。 「……………」 「ん?」 「…なんかの勘違いだ。俺とお義兄さんはそんなんじゃない」  そう?と軽く返し、男は粗い画像の写真を懐から出してヒラヒラと圭吾の顔の前で振った。 「防犯カメラからの写真だけど、顔の判別位は出来るよな?」  掠れたような色の写真のその中に写る二人。  指を絡めて絨毯張りの廊下を歩く二人の男の一人は生真面目そうなスーツを着ており、もう一人は茶髪にラフな服装をしている。 「…」  考えるまでもなく圭吾自身と秋良の姿だった。  去年の、事故に遭う少し前くらいの時期のものだと判断して圭吾はきゅっと唇を噛んだ。 「これ、郊外のラブホなんだけど?お義兄さんと何してたの?」  目の前で揺れる写真を掴もうと圭吾が手を伸ばしたが、男はひらり…と写真を翻して懐へと直してしまう。  それを視線で追いながら、悔しげに顔を歪めて唇を噛む歯に力を込めた。 「あーダメダメ。傷が出来るだろ?」  男の指が噛み締めた圭吾の唇の上を意味ありげになぞる。 「さぁ、話でもしに行こうか」  そう言って男は手を掴んで歩き出した。

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