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「おぉい」と声を掛けられ、ひらひらと揺れる手を頼りにその席へと近付く。
既に半ば酔っ払いと化した誠介に苦笑を漏らしつつ、秋良はその前へと座った。
「おー…忙しそうだなぁ」
「いや、そうでもない」
烏龍茶と軽く摘めそうな物を注文して相手に向き直ると、秋良がどうしても美味いと思えないビールを煽る姿があった。
相変わらずの無精髭に草臥れた服装が秋良をほっとさせる。
「そんなわけないだろー?仕事に引継ぎに河原の会社役員への挨拶に、休日は奥様への家族サービス…」
「おい、お前どれだけ調べ回ってるんだ?なんか依頼があったのか?」
「いや、ない。ただの好奇心だ」
飄々とした表情でにやりと笑う姿は、実は酔っ払ってはいなのではないかと秋良に疑問を抱かせる。
「すまんな。呼び出して」
「なかなか気の置けない友人と呑むなんてできないから、嬉しいよ」
店員が運んできた出汁巻き卵に手をつけ、「それで?」と誠介の言葉を待つ。
「…いや、まぁ……水を差すかもしれないんだが、黙って捨てるのも寝覚めが良くない気がしてな?」
コトン…と出汁巻き卵の隣に置かれた丸い物を見て、柔和に笑みを湛えていた秋良の表情が凍りつく。それを見て、男にしては珍しく殊勝に肩を落とした。
銀に光る輪を取り、秋良がそれの内側を見る。
『akiyosi』の文字と赤い石にぽかんとした表情を浮かべた。
「…なんで、お前がこれを?」
「ケイトに、会って来た」
ひゅっと秋良の喉から息が吐き出され、眉間に皺が寄せられる。
「…なん……どうして?」
その問いに、どう答えたものかと顔をしかめた誠介はポツリと答えた。
「ケイトが、お前と縁りを戻すかはっきりさせたくて…っ!!」
伸びた手が、男のだらしなく締められたネクタイを掴み上げて引き寄せる。ビールジョッキの置かれたテーブルに身を乗り出す形になった誠介が慌てて秋良の手を掴んだ。
「ちょ…ストップ!ストップ!」
「…………もう、終わったって、言わなかったか?」
「…悪かったよ」
その一言だけで誠介は口を閉ざした。
秋良は何か言い訳か、事情を説明する言葉が出てくるかとしばらく待っていたが、悪友が口を開く雰囲気を見せない為にしぶしぶ手を放す。
乱れた服を調え、またぐびりとビールを流し込む。
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