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「彼は…元気だったか?」
「ああ。恋人とよろしくやってたよ。処分しようとしたけど高価な物だし、捨てるに捨てれないって困ってたから俺が貰ってきた」
「…そう………か」
ひんやりと冷たい指輪を見ながら、圭吾の顔を思い出して唇を噛む。
「幸せに…やってるんだな?」
「ああ」
さらりとそう言い、誠介はジョッキを空にして目の前の枝豆を摘んだ。
「なんの不満もない感じだった」
「そうか…」ともう一度呟き、秋良は食べかけの出し巻き卵を箸で突く。どこかいじけた様なその雰囲気は、会社帰りのサラリーマン達が騒ぐ飲み屋では浮いて見える。
その様子に誠介は罪悪感を覚えたが、それを振り切るように言い募った。
「幸せなんだろうな」
「……なら、いい」
悪友の幸せと言う言葉に、秋良は唇の端に笑みを浮かべた。
「彼が幸せなら…」
「………ああ、だからお前も、普通の家庭を築けよ?」
新しいビールに口を付け、誠介は念を押すようにして言うと、秋良の視線の先にある指輪を取ろうと手を伸ばした。
「これ、処分し……あ」
誠介の無遠慮な指先から庇う様に秋良はそれを握り締め、首を左右に振る。
「俺が貰う」
「秋良!」
「…圭吾がいらないなら、俺が貰う」
「往生際が悪いぞ!」
握り締めた秋良の手を広げさせ様としたが、頑として秋良はそれを許さなかった。
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