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 一日や二日では消えなかった首筋のキスマークを恨めしく思いながら、隠す為にハイネックのシャツを着る。  けれどそれでも隠し切れないマークがちらちらと見え隠れしていた。 「んん…どうしろって言うんだよっ」  鏡の前で一人奮闘する圭吾を尻目に、出かける準備を整えた恭司がリビングで雑誌をぱらぱらと捲る。  滅多に雑誌など買ってこない圭吾が買ってきたその雑誌をぼんやりと眺めていく。 「山…ねぇ…」  海ならば魅力を感じるが、陸の事に関して一切興味を持てない恭司は、登ろうと言う奴の気が知れない…と呟いてそれを放り出した。 「土産買うなら、そろそろ出ないとヤバくないか?」 「えっマジ?そんな時間?」  バタバタ…っと洗面所から飛び出し、恭司をきっと睨み付けて部屋へと駆け込む。 「恭司のせいだからなっ!!」  その子供の様な言葉に思わず笑いが漏れる。  自分のつけたキスマークを隠すのに四苦八苦している圭吾を見て、良い事とは言えないが嬉しさが込み上げて来るのを止められずにいた。  圭吾の姉の家、つまりは圭吾の前の男の家へと行くのに、これぐらいの下準備は居るだろう…と胸中で呟く。圭吾が隠しまわっている今、ささやかなソレがどこまで威力を発揮するかは分からなかったけれど、牽制にはなる筈だった。  妻の居る前でその弟に手を出すなどと言う事はありえないとは思ったけれど、それでも恭司はそうでもしなければ不安で仕方がなかった。 『アキヨシ…!』  酔い潰れて濁った意識の中で呟かれたその名前…  達する瞬間、今抱かれている相手ではなく、以前の男の名前を呼んだ。  その事が恭司の心に深く不信感を突き立てていた。

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