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圭吾の好物であるコロッケを丸めながら、小夜子は昔の思い出を思い出して微かに微笑む。
父同様、忙しくあまり家におらず、居たとしても家事などしない母が時折思い出したかの様に作ってくれたのがコロッケだった。普段料理などしないのだから、その出来は推して知れる様な出来ではあったけれど、それは紛れもない母の味だった。
小さく、後ろを纏わりついてきた弟の事を思い、小夜子は胸がくすぐったくなると同時に一抹の不安も覚えていた。
「……」
思わずパン粉を付ける手を止め、リビングで雑誌に目を落としている夫を見やる。
優しく、頼れ、遊び歩くでもなく、呑む事も吸う事もしない。
申し分のない筈の夫に対する微かな疑念。
一度も触れられた事に対する焦燥。
そう言う病気なのだと自己申告はされてはいても、もしかして他に好きな人でも…とどこかで相手を信じ切る事の出来ない切なさに、小夜子は正直焦っていた。
「焦げてないか?」
そう声を掛けられ、小夜子は慌てて油に入れたコロッケを引き上げる。
こんがり狐色と言うには程遠いその焦げ茶色に、がっくりと肩を落とす。
「やっちゃった…」
「珍しいね、味見に貰っていい?」
苦笑する小夜子の手から菜箸を取り、その焦げたコロッケを摘もうとする秋良を慌てて止める。
「ダメ…ダメよ!焦げ焦げの物を食べるなんて!」
「折角だしね」
「お腹空いたなら、何か作るのに…」
皿に移したコロッケを持ってリビングへと向かう秋良を見て、自然と笑みが零れる。
その広い背中が、真面目そうな顔に笑みを浮かべてこちらを眩しそうに見る瞳が、愛おしく思えてそっと胸に手を当てる。
そして考えすぎだろう…と心の中で繰り返して、熱いコロッケを食べようと息を吹きかけている秋良を見詰める。
「そう…私の思い違いよね…」
気を取り直してコロッケを揚げ様として手を止める。
もう一つの気がかり事をふと思い出したせいだった。
「これもきっと、気のせいよね」
どこか弟と夫の間にぎくしゃくとした雰囲気を感じるのは。
「…ただの…気のせいよ。打ち解けてないだけよね……」
呟きながら、自分で招いておいた筈の弟が秋良と顔を合わせなければいいと、ぼんやりと考えていた。
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