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白いマンションに訪れるのは何ヶ月ぶりだったか…
恭司の傍らに立ち、ぼんやりとそれを見上げる。
秋良と小夜子の暮らす場所に足を踏み入れるのに躊躇いがない訳ではない。
圭吾は二人の幸せを目の当たりにする事で、小夜子に対する嫉妬を感じてしまうのが怖かった。
そして何より、秋良に会って閉じ込めた筈の気持ちが首を擡げるのではないかと言う不安も拭いきれない。
「…行かないのか?」
ケーキの箱を持つ恭司にそう尋ねられ、曖昧に返事をしながら部屋の番号を押した。
『はい』
インターフォンから聞こえた低い声に、覚悟していた筈なのに体が硬直し言葉が喉に閊える。
立ち竦んでしまっている圭吾を押し退け、恭司が代わりにインターフォンに向かう。
「お久し振りです。谷です。今日は招待して下さりありがとうございます」
なんと返事が返るかと恭司は構えていたが、『すぐに開けます』とその一言だけが返され、どこか肩透かしを食らったような表情で圭吾を振り返った。
「行こう」
「…」
「…ケイ」
硬い表情で立ち尽くす圭吾の手を引き、開けられたガラス張りの扉を潜る。
「俺…やっぱり……」
駄々をこねる子供の様に腕を振り払う圭吾の肩を掴み直し、恭司は怯えに近い感情を含ませているその瞳を覗き込む。
「お姉さんに、会いたいんだろ?」
「………でも…」
確かに姉に会いたかった。
けれどその反面会いたくもなかった。
姉に会い、そして義兄に会った時、振り払った筈のその手をまた掴んでしまいそうで怖かった。姉と仲良く繋がれたそれに割り込んでしまいそうで、なかなか一歩を踏み出せずにいた。
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