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「…ぇっと……以前、姉さんが家帰った時に……その、俺、義兄さんに文句言いに来たんだ」 「えぇ!?」 「その時寒かったから、借りたんだ。そのまま返しそびれてて」 「そんな事、一言も…」  目を丸くさせて自分の方を見る小夜子に、秋良は頷いて見せた。 「事情が事情で…言いそびれていた。…すまない」 「いえ、あの…あの時は…私も悪かったんです……」  目元を赤くして俯く小夜子に、恭司が問いかける。 「圭吾がしばらく実家に泊まった時の話ですか?」  膝の上に置かれていた圭吾の手が拳を作る。  「え?」と俯いていた小夜子は顔を上げ、戸惑うように首を傾げた。 「あの…圭吾が?実家にですか?」  その戸惑いは、そんな事はありえない…とはっきりと告げていた。それを見て恭司はゆっくりと首を振り、大げさに笑い声を上げる。 「あっ、俺の勘違いだったみたいです」 「そうですね、あ、お菓子持ってきますね」  何事もなかったかの様に立ち上がり、キッチンへ行く姿を三人の視線が追う。  その姿を見送り、何か問いた気に恭司の口が開きかけたが、ちらりと秋良を見て口を閉ざした。  三人の間に、再び沈黙が落ちた。

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