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 起きて、朝食を作り、夫を起こし、会社へと送り出す。  その後洗濯を済ませて掃除をする。  そして夕飯の用意をするまで自由に過ごす。  友人から言わせると単調で変わり映えのしない退屈な毎日らしいが、それでも小夜子は満足していた。  優しく真面目で、きちんと話に耳を傾けてくれる夫の為に家を整えて食事を作る。今まで籠の鳥の様に家に縛り付けられていた事を考えると、自分で考えて行動し、思ったように出来ると言うのが楽しくて仕方がなかった。  拙い家事も、拙いなりにこなして少しずつ上達しているのが小夜子自身でも分かり、それが嬉しかった。  愛しいと思える人と共にささやかながらも生活を営んでいける、その喜びに浸りながら幸せを噛み締めていた。  ただもし、難を言うならば…子供を授かりたかった。  友人から『産まれました』と報告を受ける度に、胸の奥にジリ…とした焦燥感の様な、嫉妬の様なものが競り上がり、ふと考え込む時などはその対処に苦労した。 「……仕方ないわよね…」  買い物に出掛け、親子で手を繋ぐ姿を見る度にそう自分に言い聞かせる。  秋良も病気になりたくてなった訳ではないのだからと、諦めに似た苦笑を漏らす。  秋良自身も、男としての行為を果たせない事に気まずさを感じている様で…小夜子はその事で秋良が負担を覚えない様に極力その手の話題を避け、明るく振舞うようにしていた。  精神的ストレスが一番良くないだろうから…と、寝室を別にされる不満も言わず、触れて貰えない寂しさにも黙っていた。 「後は、掃除機ね」  そう言って秋良が書斎兼寝室としている部屋へと入る。  子供もおらず、秋良自身あまり散らかさない性質なせいか、掃除すると言っても時折埃を払って掃除機をかける程度だった。

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