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帰宅した秋良のスーツを受け取り、小夜子はぼんやりと夫を眺めた。
「…あれ?…何かあった?」
「え!?あ…別に…何も…」
そう言い、慌ててスーツをハンガーに掛けようとしてクローゼットに向き直る。
「ぼー…としてるけど大丈夫か?」
秋良が身を屈め、小夜子の額に手を当てた。
その温もりに驚いて小夜子は小さな声を上げて後ずさった。
「きゃ…っ…」
「…あぁ、化粧が違うのか」
覗き込んだまま秋良は微笑むと、やっと分かったよ…と言って姿勢を正した。
「あ…」
違う…と言いかけて言えずに口を閉ざす。
机へと向き直った秋良の背中を見詰めながら、小夜子はそっと赤く腫れぼったい目元に指先を置いた。
昼間、散々涙を流し、どうしても引ききらなかった熱が冷たい指先に灯る。
「………秋良さん」
「ん?」
鞄の中の書類に気を取られながら秋良が返事を返す。
生真面目そうな顔、
男らしい首筋、
がっしりとした体つき、
優しげにこちらを見やる瞳、
堅いが、微笑む時には驚く程柔和になる表情を愛おしく見詰める。
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