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「今日でした?」  そう問われ、秋良はそれが何を指すかすぐに思いつけずに首を捻った。 「あ、あいつとの飲みか!」 「忘れてたんですか?」  やや咎める様に言われ、秋良は苦笑して肩を竦めた。 「延びに延びてやっと取れた休みだからね、ちょっとぼんやりしてた」 「もう!」 「はぁ…飲まされるんだろうなぁ…」  いそいそと、飲めない自分の分のビールジョッキを注文する悪友を想像して苦笑する。 「あ、そうだ、ちょっといい?」  そう言うと、小夜子はぱたぱたとスリッパの音をさせながらキッチンへと消えていった。不思議そうにそれを見やる秋良の下へ、同じ様にぱたぱたと音を立てながら駆け戻ってくる。 「これ、秋良さんのでしょう?」  つぃ…と細い腕を小夜子が伸ばす。 「何かな……っ」  ぽとんと掌の上に落とされた銀色の輪に、秋良の笑顔が凍りつく。 「ぁ…」 「落ちてましたよ?危うく掃除機で吸い込んじゃうところでした」  小首を傾げて笑う小夜子に曖昧に頷いて返す。  どこを探しても見つからず、無くしたままもう二度と手にする事がないと思っていただけに、その軽い筈の指輪の重さが胸に深く刺さる。

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