228 / 312

81

 初夏も過ぎかけている気温の中で、ひんやりと冷たいままの体を抱き締め、眩暈のままに床へ突っ伏した。  茶色い髪が、視界に入る。 「…圭吾……」  愛しいのか嫌悪なのか分からない感情を込めて呟く。  以前、酔った秋良が自身に向けて言った言葉を覚えていた。  圭吾は誤魔化そうとしていたけれど、あれが自身を圭吾と間違えて言った言葉ではないのだろうかと、いつの頃からか確信に近いものがあった。  だから…  渦を巻く不信感を拭いたくて…  あれが、自身を圭吾と見間違えて言ったのではないと信じたくて…  前後不覚になる程飲まされるであろう日を狙って髪を切った。  圭吾が行ったと言う美容室を探し当て、特徴を言って圭吾の髪型に良く似る様に切って貰った。 「結果が…これ………」  今まで見た事もない様な激しい情熱を滲ませた目でこちらを見る秋良に竦み上がった。  一年近く傍にいて、見た事のない男の表情に驚くと同時に胸が高鳴った。  抱き締められ、今までなかった欲望を滲ませた目で見られ、初めて女としての期待が胸を掠めた。  …と同時に、それが何によって引き起こされているか、現実を突き付けられた瞬間の絶望を思い出して、小夜子は胎児の様に体を丸める。 『圭吾』  秋良の肉厚な唇から洩れる名前に心臓が止まりそうになった。  体中を愛撫するその手が抱いているのは一体誰なのか?  その行為を思い出して腹の底から吐き気が込み上げる。

ともだちにシェアしよう!