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「っ…ぅ……」
寂寥なのか、
嫉妬なのか、
憎悪なのか、
嫌悪なのか、
良く分からない感情だった。
嗚咽もなく、ただ涙が頬を伝う。
「…いつから……」
いつから秋良は自分を騙していたのか…と問いかけ、答えの出せないまま涙を拭う。
分かるのは、圭吾が家に遊びに来た時の妙な緊張感は、二人の根底に恋愛感情があった為に起こったものだと言う事。
「……圭吾の事故…佐藤…」
思えば幾つも繋がるキーワードや違和感があった。
けれどそれをあえて気づかない様にしていたのは、圭吾の祝福や秋良の誠実な人柄があったからだった。
「あれも全部、…………嘘だった?」
嘘…ともう一度呟くと、その顔に苦痛の色が浮かぶ。
小さい頃から慈しんで来たたった一人の弟。
年が離れている所為か、可愛くて可愛くて仕方がなかった。仕事や付き合いに忙しい両親に代わり、自分を頼りにしてくれる大切な存在だった。
その生真面目な顔立ちと、誠実な姿に心惹かれた夫。
良き旦那である様にと心がけているのが分かる程、こちらの話を良く聞きいてくれた。穏やかで、逞しく、会う度に胸の奥に彼が宿り、ほんわかと幸せな気持ちにしてくれる存在。
大事な二人。
なのに、
「………どうして騙したの…っ………」
『圭吾』
情熱をそのまま注ぎ込んだかの様な、使い物にならない筈の熱い杭に誰にも触れさせた事のない体の最奥を突かれながら、耳を塞いで泣いた。
その瞬間ですら、秋良は優しく髪を愛撫しながらその耳元で『圭吾、愛してる』と呟いた。
「…っ………ふ……ぅっ、…秋良さん…っ」
涙が、床に溜まる。
愛している夫が、自分の弟の名前を呼びながら自分の膣内で達した時、小夜子の中で何かが崩れる音がした。
物理的なそれではなかったけれど、確かに小夜子は聞いた。
砕け散る、何かを…
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