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見上げたマンションの部屋にはやはり電気が点いておらず、自業自得とは言えその暗さに寂しさを覚える事で、秋良はこの一年近い日々にすっかり馴染んでいた自分に驚きを感じていた。
拒絶していたその生活が、当然だと思う様になっていたのはいつの頃からか…
小夜子が食事を作る事に、
小夜子がスーツの準備をする事に、
小夜子がネクタイを結ぶ事に、
小夜子が、明るい部屋から笑顔で出迎えてくれる事に…
いつの間にかそれが当然になっていた自分がいた事に気が付く。
家族としての生活とするならば何の問題もない、むしろこれ以上望むものがない程の満ち足りた生活。
満足とはいかないまでも、決して不快な日々ではなかった。
「…壊したのは、俺だ」
階を押す手が止まる。
陰鬱な気分に圧し掛かられ、それでも歯を食いしばってボタンを押す。
「いや……最初から…成り立ってなかったのかな」
玄関先に置かれたままの枯れた鉢植えに目が行く。
萎れてしまったその花は、そのまま小夜子を連想させた。
緩く首を振り、鍵を開けて家の中へと進んだ。
「帰ったよ」
返事がないのは分かっている。
小夜子のいる場所も…
暗い廊下の明かりを点けながらキッチンへ入ると、いつもいる小夜子の姿がなかった。
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