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「小夜子?」  帰りに買ってきた弁当をテーブルの上に出し、キッチンの明かりを点ける為に踏み出した足にごろりとした塊が触れた。 「っ!?小夜子!?」  抱き上げると力ない手がだらりと伸び、同時に微かに目を開いて見せた。  そして眩しそうに顔をしかめてまた閉じた。 「どうした!?何があった!?病院に…」 「…いいえ………平気です…」  ほう…と深く息を吐いて体を起こす小夜子は、暑いこの時期にはありえない程ひんやりと凍えきっている。  その冷たさに驚いて、秋良はたじろいだ。 「いつから?…どうして…」 「いつから?」  秋良の言葉を掬い取り、小夜子の落ち窪んだ目がぎょろりと秋良に向く。 「いつからは、こちらが聞きたいわ」 「なに…言って…」 「いつからだったの!?いつから?…ねぇ!まだ続いてるの?………今日も…会ってきたの?」  ぐるぐると自問自答を続けていた問いが小夜子の口をついて出る。 「さよ…っ!仕事に行ってただけだっ」 「騙されない!もう騙されないっ!!二人して、私の事騙してた……」 「違うっ!!」  力なんてなさそうな細い指が腕に食い込み、秋良は顔をしかめて緩く首を振る。 「会社に確認を取ってもらってもいい。……お義父さんに付いて回ったから、確認は取れる」 「じゃあ…明日会うの?」 「会わない」 「嘘!嘘っ!!」  以前はきちんと整えられていた爪が皮膚を引っ掻き、ぴりっとした痛みを肌の上に残す。 「小夜子!…っ落ち着くんだっ………」  深く深く息を吐き、長い沈黙の後にゆっくり口を開いた。 「一度、実家に帰った方が良くないか?」  頬を引っ掻かれ、秋良はその手を掴んで今最善と思える方法を口に出した。 「食事もろくに摂らないで…このままじゃ体を壊してしまう。一度、甘える事の出来る家に帰っ…!!」 「いやぁっ!!」

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