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 細い腕が上げられ、秋良の腕を振り払おうともがく。  秋良はそんな小夜子を押さえきれず、よろめく様に手を床に突いた。 「それで…?それでまた、この家に圭吾を呼ぶんでしょう?私がいない間に…ここに呼んでっ……以前した様に、二人で…なにをするの?」  微妙な違和感と動かされた家具、そこで何が行われていたのか想像する度に慈しんだ弟に呪詛を吐きたくなった。 「…何も…ない……以前も、何もない……」  優しく微笑むあの笑顔の欠片もない表情に、苦痛の皺が深く深く刻まれていく。 「圭吾とは、とっくに…」  続きが言いたくなくて口ごもる秋良の言葉の先を小夜子が見つける。 「別れたの?………そう。………………ねぇ……私の事、愛してるから…結婚してくれたのよね?」  愛して…  愛せると思っていた。 「それは…」 「……嘘でも、言ってくれない?」  緩く傾げられた首に微かな自嘲を宿して、小夜子は視線を逸らす。  ま、パタパタと雫が落ちた。 「私を愛してなくても…結婚せざるを得なかったのは……知ってるわ」  よろけながら立ち上がる小夜子を見上げ、小さく秋良が首を振る。 「ちが……そうじゃ…」 「知ってるの」  口の中で呟いた言葉は消え入りそうだった。 「父が、ごり押ししたってことも」 「……」 「父が一人、躍起になって結婚の話を進めていたことも」  握り締めた拳が震え、それ以上力を込めると壊れてしまいそうで、秋良はその手に自らの手を重ねた。 「……知ってるの。お義父さんの会社と取引を止めるって、脅したことも」  緩く小夜子が首を振ると、秋良の手の甲に数滴の涙が落ちる。 「…………愛なんて、最初からなかったこと…知ってるの」  最後に「それでも良かった」と告げてふらりと小夜子は立ち上がった。 「さよ…」 「帰ります」  ふらふらと自室へと向かいながら床に座り込んだままの秋良に告げ、自嘲気味に小さく笑う。 「実家に帰るから……迎えに来てください」  血の気を無くした唇が引き結ばれ、その決意を語る。 「私と…夫婦でありたいと思うなら……思わないなら…もう………」  ひんやりとした氷の刃を押し付けられたかのような感情を抱かせる言葉に、秋良の返答が遅れる。  言葉を紡ごうとしない夫に薄く笑いかけ、おぼつかない足取りのまま小夜子は自室へと姿を消した。  ドアが立てる微かな音を聞きながら秋良はぶるりと体を震わせ、小夜子がしていたようにそこに蹲った。 「……け……ぃ……圭吾…助けてくれ…」  嗚咽にも祈りにも似た声が、小さく床を這った。

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