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 悲鳴に近い叫び声がまだ耳の奥に残っていた。  圭吾は、懐かしい像の足元に蹲りながら行き交う人々を見詰めている内に、自分が酷く惨めに思えて顔を伏せる。  ぴり…と切れた唇の端が引き攣れて痛んだ。 「………っ」  微かに腫れた頬をそっと撫で、狂気に近い感情でこちらを見た恭司を思い出す。  自分を愛して…苦しむ程愛した果てに手を上げさせてしまった罪悪感に唇を噛む。  恭司が愛しているのと同量の愛を返す事ができていたら、この状況はなかったのだろうかと自問自答を繰り返す。  心の中の一番大切な人を置く位置に恭司を据える事ができたなら、付き合い始めた頃の様に手を繋ぎ歩んで行く事ができたのか? 『出て行ってくれ』  恭司のその言葉が胸を刺す。 「『壊してしまうから』…か……」  壊れれば、秋良への想いを忘れて恭司の傍に居る事ができたのだろうかと考え、自嘲した。 「何も…かわんねぇよな…」  灰色の道路を見詰めながら、忙しなく行き交う人々をぼんやりと見詰める。  何時間座り込んだのかはっきりはしなかったが、上り始めた太陽がそろそろ熱くなり始めた光で辺りを焼き始めていた。  財布も持たずに着の身着のまま飛び出した圭吾にはどこも行く当がなかった。  仕方なく、馴染んだ場所に座り込む結果になってしまっていた。 「圭吾」  コンクリートの灰色の視界の中に茶色い靴が現れる。  その爪先をぼんやりと見詰め、名前を呼んだ声の持ち主を思い出す。

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