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「…アキヨシ?」
肩で息をし、額の汗を拭う姿に圭吾は緩く首を振る。
「…なんで……こんなとこ…に…っ」
言いかけた圭吾の言葉が、秋良のきつい抱擁で遮られた。
きしり…と背骨が悲鳴を上げそうになり我に返る。
道端で行われたそれに、圭吾は慌てて秋良を引き離そうとするがそれは適わなかった。
「……」
「……」
戸惑いがちに圭吾の腕が秋良の背に回される。
秋良の指が、圭吾の唇の端にそっと触れ、圭吾の指が、微かに涙を滲ませた目元を拭う。
お互い言葉は要らなかった。
秋良が抱き締めていた腕を解くと、圭吾が指を秋良の手に絡ませる。そして何も言わないままに二人して駆け出す様に歩き出す。
「…」
「…」
肩で息を吐く速さで無言のまま、かつて二人が初めて体を繋げたホテルへと向かう。
ホテルの名前も変わり、外装も内装も全て変わってしまっていたけれど、二人はかつての部屋を見つけて躊躇いもなくその部屋へと入っていった。
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