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「…小夜子も何か感じてた」 「……でも…俺、姉さんに幸せに…」 「俺が言う事じゃないかもしれないが…心を偽られたままの結婚生活が、幸せとは…っ」  語尾が掴まれた襟の苦しさに震えて途絶える。 「どうしてっ貫き通さなかったんだっ!!」 「っ…ぅ…」  締め上げられる苦しさに呻くことはあっても、秋良はその腕を振り払おうとはしなかった。  甘んじて受け止め、圭吾の感情がぶつかる事に小さく震えながら目を閉じた。 「俺は姉さんに幸せに…っ俺の為にずっと犠牲になってきた人だから……お前なら…姉さんを幸せにしてくれると信じてたのにっ!!姉さんを幸せに…っ」  繰り返す圭吾の言葉に、秋良が目を開いた。  深い感情を湛えた瞳に見詰められて圭吾の言葉が途切れる。 「圭吾の、幸せは?」  ぽつん…と呟かれる。 「俺の、幸せは?」  黒い真摯な瞳に見詰められ、圭吾は言葉を失って唇を引き結んだ。 「俺は、圭吾に幸せになって欲しい。それで俺が幸せになるから。圭吾の幸せは小夜子が幸せな事だと思ってた。だから、俺はずっと小夜子を幸せにしようと努めてた」  でも…と続ける。 「小夜子を幸せにすればする程、圭吾は幸せじゃない顔になってた」 「…そんなわけ…な……」  頭を振り、否定をしようとする圭吾の表情が歪む。 「小夜子の幸せ、イコール、圭吾の幸せなんかじゃない」 「そんな事ないっ」  否定して立ち上がろうとした圭吾を秋良の腕が抑え込んだ。バランスを失って倒れ込む圭吾を力強く抱き締めながら「違う」と囁いた。

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