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「さ、あっちに行こう」 「勝手だなぁ…母さんもそんなだから…っ」  はっと口を押えた息子を振り返る。 「母さんとの離婚は、お互い話し合っての事だ。どっちがとか、誰が悪いとかじゃない。おじいさんが社長職をお前に譲ったら別れようって、決めてたんだ」 「…でも、急すぎるし……あんなに仲がいいのに、晴天の霹靂だよ……第一、俺に社長なんて無理だ」  眉を下げる息子の頭に、ぽんぽんと手を置く。 「順番から言ったら、父さんじゃないか!」 「おじいさんは、自分の血を持つ人間に継いで欲しいんだよ」 「だからって……」 「もう河原と関係ないし、置いてもらえるだけでも御の字だよ」  そう言って、本当になんのこだわりもない顔で笑う。 「そんなあっさり…」 「それに、やっとやりたいことが出来るしな」 「山登り?」 「いや、探し物をしたいんだ」 「何?ネットで探せば?」  息子のあっさりした言葉に父は苦笑を溢す。 「さ、行くぞ!そんな話するためにここに来たんじゃないだろ?」  背を押されて歩き出す。 「ちょ…ちょっと待って…酸素……っ」 「うん?軟弱だな」  そう言ってボンベを口に当てる息子を見やる。 「それ…?…ボンベ、貰ったのか?」 「ああ、うん。へたり込んでたらくれて…」 「お礼言わないとな。どんな人かな?」 「親に挨拶してもらうほど子供じゃないよ」 「礼儀だろ?」 「もう…」  登山客を見渡し、向こうを指差す。 「あの人かな」 「どの…?」 「あの人、ほら、赤い服の…」  息子の指さす方に目を凝らす彼の表情が固まる。 「…あ!そうか、…あの人、母さんに似てるん……っ!?父さん!?」  途中で走り出した父の背中に呼びかけるが、父はこちらを振り返ろうとはしない。

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