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第2話 謎の男

顔に水が当たる感触で目を覚ました。自分が物音に気づかずこうも呆気なく捕まってしまうなどとは想像だにしていなかったのだ。 「よう、お目覚めか?」 ぼやける視界でその声の主を確認すると、自分の傍らに一人の男が立っているのが見える。その男は背の高い、黒髪のアジア人のようであった。 戦闘態勢に入ろうと体を動かすと、それは拘束器具によって阻止された。不可思議な形をした椅子に、頑丈な鉄製の拘束器具で縛り付けられていたのだ。 「へえ、あっちの国の回しもんか。まだこんなガキなのに、可哀想に」 「…お、い…お前は、一体…」 声を振り絞ってそう聞くと、男は不敵に微笑んだ。まるで今の状況がおかしくて仕方がないとでも言いたげに。 「人に聞く前に自分が名乗るのが先だろ?」 「くそっ…ふざるな!」 「おー、おっかねえな全く。まあ、お前のデータは既に入手済みだけどな。ナンバーゼロさん」 男が目の前に差し出したのは、多くの情報が詰まった組織専用の端末であった。自分の失態によって組織の情報が漏洩してしまったという事実に、言葉の通り血の気が引いていくのが分かる。 「安心しな、お前の個人情報以外さして興味はないさ。ナンバーゼロ…長ったらしいな、別の呼び方を考えるか」 「貴様、何が目的だ…組織のことは死んでも口を割るつもりは無い、殺すなら殺せ」 「おおそうだ、“レイ”なんてどうだ。日本語じゃあゼロのこと零って言うんだ、かっこいいだろ?」 「ふざけるのも大概にしろ!早く殺せ!」 ここまで感情を露わにすることは滅多になかった。組織の役に立てないのなら待っているのは「処分」のみである。それを分かっているからこそ、敵国の人間に捕らえられた時点で、まだ若いながらに死を覚悟していた。 「お前は俺の大事な実験材料だ、殺すなんて勿体ないことはしない。安心しな、お前の国の情報をどうこうしようって気はないさ、お前がおとなしくモルモットになるならな。勿論拒否権なんてもんはないが…」 男はそう言ってNo.0の口にボールギャグを付ける。辺鄙な場所にある地下施設で声が漏れる心配などすることはないだろうから、モルモットが舌を噛み切って死ぬのを防ぐためだろう。 声にならない声を上げて睨みつけたが、相手はこれからどうしてやろうかと、値踏みするようにこちらを見つめてくる。 「キメの細かい、色も白い肌だな。うん、それなりに鍛えてるから丈夫そうだし、若いしな。モルモットとしては申し分ないだろ」 そんなことを言いながら、男は赤い瞳を覆うように頭に目隠しの布を巻き付けてきた。 「そうそう、俺はヒロ。日本人の天才科学者だ、歳はまだ27だから若き天才科学者だな。漢字は日本語で言う博物館の博な、言っても分かんねえか」 「…っう…うぐ…」 「騒ぐなってどうせ喋れないんだから。お前が今ここで自殺しようもんなら情報抜き取って国に売るからな?大人しくしておいたほうが国のためだぞ」 どうにかこの状況を打破する策を頭で何度も考えるが、失敗などほとんどした事がないためか焦りが邪魔して何も考えることが出来ない。 すると耳元に、ヒロと名乗る男はふっと優しく息を吹きかけた。 そのなんとも言えない気持ち悪さと、目隠しされているためか研ぎ澄まされた神経のせいでピクリと体が小さく跳ねてしまう。一体なんの拷問をされるのかも検討が付かなかった。 「じゃあ、レイ。実験を始めようか…」 こうしてNo.0の、いや、レイの終わらない屈辱の実験が幕を開けるのであった。

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