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第4話
彼は窓を強く叩いた。
旧校舎の窓は今では全て閉められている。
性被害があったかもしれないから、当然の処置だ。
でも、そうなったからこそ余計に彼はここに入りたかった。
入れなくなっているのなら、もう誰も入ってこないからだ。
自分だけ入れる場所になるからだ。
窓が閉められる可能性については前から考えていた。
こうなる前に廊下にある窓ガラスの鍵を調べていたのだ。
窓の鍵はクレセント錠といわれるオーソドックスな三日月型の鍵だ。
上下に回して鍵をかける。
彼は古いクレセント鍵がショックを与えると開いたり開いたりするのを知っていた。
鍵の中のスプリングがバカになるせいだ。
そして、一つの鍵がバカになっていること調べておいたのだ。
窓を強く叩く。
鍵は一人でに回り、外れた。
彼は誰もいない裏庭から旧校舎に入った。
踊場に向かう。
あんなことがあっても、やはりそこがお気に入りの場所だった。
真っ白な肉体を蠢かせていた上級生のことを考える。
怖くなる。
人間はあんなにまでも欲望に溺れるのだ。
あの後見かけた二人は上級生が熱っぽい目で見つめるのをソイツが笑って肩に手をまわしながら、人を引き連れて歩いていた姿だった。
あの二人については関わらないことだとしか思わない。
アイツは怖い。
怖すぎる。
考えるな。
彼は頭をふった。
そして誰の視線もないそこで、ゆっくり手足を伸ばし横たわった。
誰もいないということは、どれほど安心できることなのか。
彼は幸せな気分になった。
目を閉じ、少し眠ることにした。
「・・・お前の場所やったんか」
その声がして飛び起きた。
声だけで誰かわかった。
その声をもう知っていた。
上級生をただの欲望だけの肉塊に変えて笑っていた声だ。
姿を確認したくなかった。
自分を覗き込む目が怖くて目を背けながら起き上がる。
でも視線を感じる。
怖い。
視線が合ってしまった時の恐怖を忘れていない。
ソイツの目を通して自分が見えてしまった時のあの恐怖を。
下を向いて、目を合わさないようにする。
大きな身体があるのはうつむいた目にも見えた。
180を超える長身、その肉体がどれほど攻撃的であるかは噂で聞いている。
暴力的な噂だ。
絡まれたのを叩きのめしたとか言った。
いろんな噂が事実なようにそれも事実なんだろう。
上級生にしていたことが噂じゃなかったように。
大きな身体だ。
その大きな手が、どうやって上級生の胸を弄っていたのかも、尻を掴んでいたのかも知ってる。
巨大なソイツのそれが上級生をどうやって貫いていたのかも。
だから怯えた。
あんなことをするヤツは人間じゃない。
あの行為は単なるセックスなんかじゃなかった、今ではそう理解していた。
あれは支配するための暴力だった。
自分のようなモノに興味をしめしたりはしないだろうけれど。
そう思ったからだ。
モソモソと起き上がり、俯きながら後ずさる彼にソイツは何も言わなかった。
ただじっと見ているのがわかった。
でも、横を通り過ぎ、逃げ去ろうとしたら腕を掴まれた。
恐怖に身体が竦んだ。
ガチガチと震えた。
「・・・怖がんなや」
困ったような声がした。
「何もせんから」
宥めるような声。
でも、腕を掴む手は緩められない。
「お前の・・・場所やったんやろ」
腕を掴んだまま、耳元で囁かれた。
低い声はどこか戸惑ったような調子があった。
「その・・・なんや・・・悪かった。お前の場所でまぁ、なんや、まぁ、ああいうことしてて。怖がらせたか?・・・ごめんな」
困ったように言葉を途切らせながらソイツは言った。
謝れて驚く。
ソイツの暴君ぶりは聞いていたからだ。
残酷な王様。
その一片はみている。
散々犯した上級生を置き去りにして去ったくらいだ。
「ヤるとこ探してて、たまたま窓が開いていたから入ったら、ここだけ綺麗やったから、誰かの場所なんやろって思ってたんや・・・悪かった」
また謝られた。
どう答えればいいのかわからなくて俯いたまま立ち尽くす。
「なぁ・・・こっち向いて」
ひどく優しい声で言われた。
視線があった時のことを思い出して首をふる。
「お願いやから、こっちむいてや」
両腕をつかまれた。
首を振る。
言葉なんか出ない怖くて。
「怖がんなや!!」
イラついたような声は焦っているようにも聞こえたい。
「こっちむいてや」
もがく身体を抱き込まれる。
なんで、なんでなんで?
「お前の目がみたい。見せて」
ソイツはそう言った。
それは懇願のようであり、我慢しきれない欲望の声でもあった。
首をふる。
アイツと視線を合わせるわけにはいかない。
「なんでやねん」
願いを退けられたことがないソイツが舌打ちをした。
でも何故か泣きそうな声にも聞こえた。
「顔あげろや」
ソイツは命令した。
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