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第6話

 彼は目覚めて、悲鳴をあげた。  まだ抱きしめられていたことに驚いて。  そして、彼を抱きしめていない方の手で自分で自分のモノをしごいているアイツを見たからだ。    マフラーをかけられているからソイツの顔は見えない。  でも胸にうずめるように下を向いた視線のさきにデカいモノが濡れてながら脈うち存在していたのだ。  ソイツは彼の悲鳴に笑った。  デカい手がそれを自分で扱く。  「なんもしてへんやろ・・・俺かて我慢の限界があるんや」  お前が寝ている間に、もう三回は抜いてるけどな、とソイツは笑った。  お互いに顔は見えない。  マフラーでしっかり顔を覆ってくれているからだ。  それに安心してしまう。     「なんもせえへんから・・・せめて抜かせろや」  御着せがましく言われる意味もわからない。  何度も何度もマフラーの下の顔を撫でられる。   撫で、確かめながら、もう片方の手で自分のモノを扱く。  「たまらんわ」  ソイツが呻いた。   手の中に自分のモノを迸しらせながら。  「オナニーでも気持ちええ。こんなん初めてや」  マフラーごしに唇を頬に落とされる。  「お前・・・何なんや。なんでこうなるんや」  困ったように言われて逆に困る。  なんでこうなっているのかが分からないのは彼の方こそだ。  離れようとした身体を抱きしめられる。  汚れた手で彼を触れないようにしながら。  自分の服が綺麗に整えられていることに彼は気付く。  精液を後孔からこぼしながら、気絶している上級生をそのまま打ち捨てたコイツが自分にはそうではないことに驚く。    服を整え、目覚めるまで抱きしめていたのだ。  だだ、自分の顔を撫でることをオカズにオナニーをされてはいたけれど。  「なんもせん。だからもう少しだけ・・・」  汚れた手で彼に触れないように気をつけながらソイツは言った。  ポケットから出されたウエットティッシュで手を清めている。  ウエットティッシュを持ち歩く?  そんな高校生男子いるか?  マフラーに覆われているのに彼の視線にソイツは気付いたらしい。  いつの間にかあるコンビニの袋に拭いたそれを捨てている。  「まあ、持ってたら色々便利なんや。コンドームもあったんやで。使わんかったけど。どこですることになるかわからんし」  ソイツは淡々と言ったので彼は身体を強ばらせる。  コイツはおかしい。  どんな性生活をしているのか。  「お前が寝ている間に、ちゃんと片付けておいたからな。お前の場所は綺麗にしてやったんやからな。お前の出したモンもぜんぶな」  親切そうに言われて彼は真っ赤になる。  自分が出した精液や・・・精液ではない何かさえ片づけられたのだ。  それはとてつもなく・・・恥ずかしいことだった。    「俺はこんなんせんねんぞ、後始末とか後片付けとか。面倒やのに」  御着せがましいその言い方にめまいがした。    無理やり色々しといて・・・。  カチャカチャと音を立ててベルトやチャックを自分の服をソイツは整えはじめた。  抱きしめたままでは難しそうなのに、それでも彼を手離そうとはしない。  離したくない意志だけは伝わってくる。  「もう・・・せんから。今日みたいなことはもうせえへんから・・・あの・・・」  ソイツはマフラーごしの彼の耳元でモゴモゴ言い始めた。  言いよどみ、何か苦しそうに。  「もう怖がらせへんから・・・」  そこから先はとても小さい声になった。  ここにお前に会いに来てもいい?   たまに。  昼休みにはいるんやろ。  懇願するように頼まれた。    でもマフラーごしに撫でられる脅迫でもあった。  顔を見て視線を合わす、と脅迫をしていた。  断らせてくれる余地はなかった。  「顔見たり、触ったりせん?」  彼は仕方なく言う。  「ちょっと抱っこして顔触らせてくれたらええ」  ソイツは平然と言い切る。  それはどうだろう。  彼は悩む。  「オレで抜いたりせんで」  彼は言う。  「・・・・・わかった」  渋々と言ったようにソイツは言った。  でも、どこか嬉しそうに。  意味がわからない。  わからない。  何故こんなことに。  彼は背中を優しく撫でられながら混乱する。  「今日はもう授業はええやろ?・・・このままもう少しおろうな」  機嫌良さげに言われてもどうすればいいのかわからない。   でも、どうしようもなくて。  彼はそこからずっと抱きしめられていた。  午後の授業が全て終わるまで。  それから、わけがわからないまま、週に二回三回ソイツと昼休みを過ごすことになってしまった。  ソイツは彼が座っている踊場にフラリとやってきて、彼と視線をあわせず、マフラーを彼の顔に被せる。  そして、彼を後ろから抱き締めるように抱きかかえ、ご機嫌になっているのだ。  何が楽しいのかわからない。  だけど、性的な接触は約束通りしてこなかった。  マフラーの中や外から楽しげに顔を撫でられはしたけれど、前のような執拗でいやらしいさわりかたはしてこなかった。  熱い指に時折唇を撫でられ、思わずびくりと反応してしまったりはしたけれど、それ以上のものはなにもなかった。  子供や子犬でも抱きしめているみたいに、腕の中に閉じ込められていることに彼は戸惑い続けていた。  拒否することなど許されてないのだ。  拒否すればコイツはまた顔を見るだろう。  それだけは、それだけは、それだけは・・・嫌だった。  アイツの視線を通して自分の姿が見えた時の恐怖を彼は忘れていなかった。  あれは何だったのか。  他人に見られることは嫌だ、もちろん。  でも、アイツの視線、あの鏡のように映像が見えるあの視線は恐ろしすぎる。  決して自分の目ではみることのない自分の姿を他人の視点から見るあの感覚。  あれは何だったのか。  彼にはわからない。  そしておそらく、ソイツにも。  ただ、ソイツが彼の顔を気に入ったことだけはわかっていた。  見ることはないのに、撫でることは絶対に止めないからだ。  指を目の代わりにするかのように、その形を確かめるようにソイツは彼の顔を撫でる。  そして何故か嬉しそうに笑う。  そして、まるで取り調べのように質問を一方的にしてくるのだ。    家族構成。  「家族は何人や」  好きな物について語るように。  「何が好きなんや?本?どんな本を読むんや」  進路。  「どこ狙ってんねん」    質問に答えると細かく追究された。  本当に取り調べみたいだった。  楽しそうに問われてさえいなければ。  彼の答えが何であれ、ソイツは楽しそうにそれを聞き、それについてさらに質問してきた。  まるで、彼に対する情報を集めるのが楽しくて仕方ないかのように。  全く意味がわからない。  でもソイツは顔を見たりはしなかったし、何故顔を見せたくないのかについては聞かなかった。  そこには安心した。    「お前と話をすんの楽しいなぁ」  と言われて、この取り調べがコイツにとっては会話なのだと気付くまでは時間がかかった。  こんな一方的な会話・・・と思ったが、コイツは誰に対しても一方的なのだと思い当たった。  俺を楽しませろ。  俺の命令をきけ。  俺に従え。  どこまでも独裁者なのだコイツは。    教師や大人達に対してもその態度だということは・・・噂では聞いていたからだ。  あの綺麗な上級生は今ではコイツの命令なら、どこででもコイツの命令で《奉仕》するらしい。  コイツの仲間の見る中、口でコイツのを・・・そんな噂さえある。  恐ろしい。  そう思った恐ろしい。  人間をなんだと思ってるんだ?  自分にしたこともそうだ。  無理やりだった。  そう考えたなら身体が強張る。  それに気付いたアイツがしっかりと身体をかかえなおしてくる。  「何もせん。なんもせんから、怖がんなや」  懇願めいた言葉を囁かれ、ますます混乱する。  「俺を怖がらんとって・・・」  続く言葉の気弱さに何故か身体のこわばりがとけていく       わからない。  何もかもがわからない。  でも、必死で彼が怯えぬように抱きしめているソイツに哀れさみたいなものを感じた。  この腕を振り払うことはできない。  顔をみると脅されているから。  それが一番怖いこと。    でも。  でも。  「なんもせんから・・・」  そういいながら背後から彼の首筋に顔を寄せるソイツを嫌いになりきれないものを感じ始めていた。    酷いヤツなのに。  怖いヤツなのに。  「怖がらんといて・・・」  切ない声に、何故か胸が痛んだ。  人間といるのは恐怖でしかない。  彼にとっては。  人が自分を見るかもしれないことが恐ろしくて、人を遠ざけてきた。  家族でさえ、いや、一人しかいない家族、父だからこそ一緒にいられない。  愛してはいても。  この姿では。  孤独より恐怖が勝るのだ。  でも。  顔に覆いをかけて、見ないように配慮することが前提にあるコイツとの接触は楽さがあった。  顔を覆い隠すことに悲しむ父。  奇妙に思う人々。  覆った顔への隠された好奇心。  それらがなかった。  長く自分が一人だったことに気づいた。   抱きしめられるぬくもり。  一方的ではあっても話しかけられる声。    今一人ではないことが・・・少し。  少しだけ。    心地良かった。  だから、身体の力を抜いて、ソイツにもたれかかった。  ソイツは嬉しそうな気配を隠そうともしなかった。  「・・・・・あったかいなぁ」   毎日のように誰かを抱いているという噂のソイツは、何なら二人でも3人でも抱いているという噂さええるソイツは、初めて誰かを抱き締めるかのように言った。  「あったかい・・・」  マフラーごしに頬ずりされる。  いつも沢山の人に囲まれているのに。  コイツも孤独なのかもしれない。  そんなことを思った。  一方的な質問。  抱き締められる温もり。  二人だけの昼休みはそうやって過ぎていく。                         

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