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第8話

 帰り道だった。  いつも一人歩く途中で声をかけられた。  「ちょっと待ちーや」  苛立つ声にオドオドしながら振り返った。  腕を組み、見下ろしていたのはあの綺麗な上級生だった。  「お前なんやねん?」  上級生は口の端を歪める。  アイツの隣りにいるときのにこやかさはもうなくて、以前の冷酷さがそこにあった。  「妙な格好してなんなん?アイツとはどんな関係なん?」  睨まれた。  「なんの関係もあらへん」  彼は正直に答えた。  本当に。  まぁ、なんというかつきまとわれているだけだ。  昼休みに会う以外はなんの接触もない。  「はぁ?」  上級生はその答が気に障ったらしい。    納得しないだろうとは思った。  上級生より彼をアイツはあきらかに大切にあつかっていたからだ。  しかし、本当に何の関係もないのだ。  一緒に過ごす時間がある以外は。  連絡先も何も知らない。  流れてくる噂以外は。    「お前なんかむかつくなぁ」  上級生は綺麗な顔を歪めた。  そして、次の瞬間、メガネとマスクを彼から剥ぎ取った。  「やめてえ!!」  彼は悲鳴をあげ必死で顔を隠そうと覆う。  だが、その手を上級生は掴んで引き離す。  彼の顔を見て、上級生は目を見開いた。  言葉もなかった。  しばらく茫然と彼を見下ろしていた。  彼は涙を流すが、でも、アイツの時のように自分の姿が見えるわけではないことにホッとした。  かと言って耐えられるわけでもない。  目を閉じる。  涙だけがあふれてくる  「なんやねん,・・・酷い火傷があるとか嘘やないか」  やっとのことで上級生が声をだす。      そんなの知らない。  周りが勝手にそう噂しただけ。      「離してや・・・お願い、離して・・・」  彼は懇願する。  隠れたい。  誰も見ないで。  「この顔でアイツを誑し込んだん?この顔なんか?」  呪詛のような声に思わず目をあけた。  美しかったはずの上級生の顔は悪鬼のように歪んでいた  ああ、嫌や。  嫌や。  嫌や。  この顔は知っている。  嫌や、嫌や、本当に嫌や。  「この顔なんか!!それとも身体なんか?」  上級生は彼を引きずっていく。  悲鳴を上げたけれど、元々人気のない通りで助けはこない。  人気のない建物の裏に連れ込まれた。  「見せてみぃや」  上級生は彼を壁に押し付けた。    腹に膝を入れられうずくまる。  うずくまった身体を乱暴にひきおこされ、背負ったバッグパックを奪われる。 そしてコートのボタンを千切るかのように外されそれも地面に投げ捨てられた。  シャツを破きながら脱がされる。  冷たい空気に上半身が晒された。  逃げようとしたら、乱暴にまた腹に膝をおとされる。  「あれは女やない。あれは違う」   そう言われていた上級生の噂の意味を知る。  この上級生を組み伏せるなど、不可能なのだ。  アイツ以外は。  「・・・痕はあらへんな・・・アイツは痕つけるん大好きやのに」  上級生の指が肌を確かめるようになでまわす。    彼は恐怖になきじゃくる。    何故こんなことをされないといけないのか。    乳首を弄られた。   指でつままれ回される。  その乱暴と痛みに呻く。  「ここ吸われたん?」  乳首に思い切り歯を立てられ悲鳴をあげる。    「他に何されたん?、なぁ、咥えてやったん?アイツ咥えさせんの大好きやもんな」  上級生は優しい声で言った。    でもその顔は悪鬼のままだ。  馬乗りになったまま、執拗に身体を弄ってくる。  さわればアイツの触った場所がわかるかのように。  目はギラギラと光り、中から焼かれるような嫉妬をその指に感じる。    ああ、知っている。    これを知っている。     嫌だ。  嫌だ。  彼は逃げようと辺りを見回した。   抑えこまれて動けないけれど。  逃げなければ。  それだけはわかった。  上級生は今マトモじゃない。  必死で顔をあげる彼の股間に上級生の指触れた。    強くズボンの上から性器を握られ悲鳴が出た。    上級生の目は光っている。  薄暗がりに輝く獣の目のように。    ああ、逃げなければ。   逃げなければ。  「ここ、可愛がってもらったん?アイツ中でイかせるの好きやからそんなに触らんやろ?穴の方が大好きやもんなぁ」    上級生はズボンのベルトに手をかけた。    「その穴にオレが突っ込んで出したら、アイツお前をまた使うかな?アイツあれで誰かと共有すんの大嫌いやねんで?・・・オレにも他のヤツとはすんなって言うし」  上級生は唇を吊り上げた。  牙が見えるかと思った。  光見開かれる目。  釣り上げられた唇。  剥かれた歯。  般若。  般若だ。  般若が殺しにやってくる。  それを彼は知っていた。  彼は悲鳴をあげて腕をのばして何かないか探る。  冷たいガラスの感触。  瓶?  何でも良かった。  彼はそれを掴んで思い切り上級生の頭に叩きつけた。     頭から血を吹き出し、上級生は倒れた。  彼は覆いかぶさってきた上級生の身体の下から這い出る。  そして、思い出したかのように掴んでいた何かの瓶を離した。  瓶が転がる音がどこか遠く聞こえた。  上級生は低く呻いていた。  死んではいないことに安心したが、彼は転がっていたバックパックだけを拾い上げ、建物の隙間から走りだそうとした。  すぐ逃げないでバックパックを拾い上げてしまったのは、あの本が入っていたから。  美しいあの本。  アイツがくれた本。    置いて行きたくなかった。  置いていけなかった。  上級生に渡したくなかった。  この本だけは。  でもやはり、バックパックを拾い上げる時間が上級生が起き上がる時間を作ってしまった。  隙間から出ようとした瞬間、髪を掴んで引き倒された。  「ふざけんなや」  上級生は血で真っ赤に顔を染めていた。  明るい髪まで真っ赤になっていて・・・。  赤く濡れた肌。  むき出しの真っ白な歯、充血した目。  鬼。   やはり鬼だ。  彼は悲鳴を上げた。  それは恐ろしい光景だった。  それは昔みた光景と同じ。    あの日も鬼がいた。  鬼だった。    「ちょっと綺麗な顔しとるからって・・・」  上級生が唸った。  馬乗りになった上級生の手には、血がべったりついていた瓶が握られていた。  上級生は地面に瓶を叩きつけた。  パリン    瓶はわれた。  割れた瓶の口を握ったまま、上級生は顔を歪めた。  笑っているのだとは思いたくなかった。  鋭い瓶の割れた先が彼に向けられてはいる。  でもその先よりも、自分を見つめる上級生の目をおそれた。  何よりも、そこに映る自分の姿を。  「その顔刻んだらアイツはお前に興味を示すかな」  上級生はグヒヒと笑った。  興奮し、涎さえたらしていた。  その醜い顔に絶望した。  自分の顔はもっと醜いと。  「刻んでやる」  瓶が振り下ろされた。  彼は悲鳴をあげた。                

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