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第9話

 目覚めた時、傍らにいたのは何故かアイツだった。  包帯がまかれている顔の上にタオルがそっと置かれていた。  包帯がまかれているから安心してタオルを取った。  アイツは彼と目を合わせたりしないという、信頼があった。  父はまだ来てないようだ。  来ないかもしれない。  忙しいのだ。  仕方ない。  そいつはベッドの傍らに椅子に、大きな身体を小さくして座っていた。  低い嗚咽。  泣いているのだ  「俺のせいや。俺の周りのもんは何だってするような奴らやと知ってたのに。お前のこと気付かれてしまったから」  起き上がった彼を見ないように俯きながらアイツは言った。  「大事にしたかったんや。誰にも触らせんと、そっと見守りたかったんや」  アイツが子供のように泣きながら言った。  「お前の顔・・・直したるならな、絶対なおしたるからな」  あいつはそう言うと床に崩れ落ちたから、この顔はもう治らないのだと知った。  彼は微笑んだ。  顔がいたんだのですぐやめたけど。  「いいんだ。オレはこれでいい」  彼の声の調子に顔をあげかけ、あわててアイツは下を向く。  今なら見られても平気かもしれない、彼はそう思った。  もうあの顔はないのだし。  「オレ自分の顔嫌いだったからいい」  彼は言った。  むしろ自分で刻むべきだったのだ。  「なんでそんなこというんや」   アイツが苦しげな声を出す。  彼は微笑んだ。    「オレの母親も今日のオレみたいな目にあってね、殺されたんや」  彼は誰にも話したことのないことを話していた。  父親とも決して語り合うことのない話を。   コイツならいい、何故かそう思ったのだ。  「母さんは綺麗な人やった。オレにはわからんけど、みんなそう言うてた」  彼は思い出したくない顔を思い出す。    醜い顔だ。  真っ白な肌に妖しく目が光る。  薄暗いところでも光が集まるような姿。  男達と絡み合っても母親だけは光っていた。  「母さんだけが悪かったんやない。母さんは弱いだけやった」  彼は呟く。  物心ついた時には、もう母親は父親以外の男達を家に引きずりこんでいた。  いや、違う。  男達は誰も彼も、母に見つめられるだけで夢中になった。  母に溺れた。  母親が欲しかったのは賞賛と甘やかしてくれること。  それがなければいきられない程弱かったのだ。  母はある意味無欲だったともいえる。  それ以外は欲しがらなかった。  ただ、賞賛してくれる人間をコレクションしていただけた。  父も含めて。  父親を裏切っている自覚があったのかも疑わしい。  母親はただ無目的に男達を落としていく。    そこには本当に何もない。  男達が狂ったところで、母親は知ったことではなかった。  それでもなんとうまくやっていたのだ。  彼が小学生の高学年になるまでは。  彼は母親の共犯者にされていた。  みたことを父親には言わない。  言えない。      言えるはずがない。  彼は真面目な父親を愛していた。  愛する妻に似た息子を父親は愛していた。     息子よりも深く妻を愛してはいたけれど。  裏切りに気づくことなく。  そして悲劇は起こった。  母親はまた誰かを家にひきこんでいた。  そして、ケンカが始まった。  母親に狂ったその男は母親に離婚を迫ったのだ。  父親の存在が丁度よかった母親は、当たり前のように断った。  自分に対する賞賛と崇拝、奉仕以外はいらなかったから。  彼も思う。   あの男は愛してると母親に何度となく言っていたけれど、単に母親の姿形に捕らわれていただけだ。  母親が笑った。  「嫁に見つからんよう一生懸命こそこそしとった果ての愛なんてくだらなすぎるやないの」    男は図星を指されて激怒した。    それでも厄介だったのに、さらに来客が現れた。  玄関のドアを開けたのは激しくなる言い争いに怯えていた幼い日の彼だ。  白い女がそこにいた。  白いワンピースを着た白い肌の女には血の気などなかった。  白い顔には微笑みはあったけれど、それはそういう形にあるだけで微笑みなんかじゃなかった。 美しいはずなのに美しくなんかなかった。 皮膚の下にあるドロドロしたものが、血の気のない皮膚の下で蠢いていた。  「お母さんは」  女の綺麗に口紅を塗られた唇がそう言った。  どこか機械の音のようにきこえた。  そして開けたドアから入ってきたのだ。   入ってしまったのだ。  そこからは地獄絵図だった。    

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