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第12話
小さな町だ。
駅の近くに小さなスーパーと言えないような食品と、町の全員が利用している理容店がある。
もちろん女性の髪も切る。
ここ以外は車か電車で大きな町までいかなければならない。
ここに来ること自体、車で20分はかかるのだ。
田舎をナメてはいけない。
彼は食品店で友人の理容師の妻へ渡すための果物を買うことにした。
友人はこの町に来て最初に友達になった。
一緒に一時間かけて、列車にのり大きな町の高校に通学した。
顔の傷跡であれこれ言ってくる連中から彼を守ってくれようともしてくれたけど、彼が全く傷跡について気にしてないため、連中もからかうのをやめてしまったのでそれはしなくてすんだ。
「なぁ・・・襲われてそうなったってそうなん?」
怖々、顔について一度聞かれたことがある。
田舎らしく、尾ひれがついて噂が回っているのは知っていた。
女の子みたいに綺麗だったから、変質者に襲われ、顔を切り刻まれたのだ、と。
犯されたのだ、と。
母親も同じ目にあって死んだのだ、と。
「オレのことが嫌いな上級生がカッとなってしたんだ。それだけ」
彼は本当のことを言った。
「そうか」
友人はそれ以上何もきかなかった。
ずっと良い友人だ。
顔がこうなる前は、友達が出来るなんて思わなかった。
思いの外、町に溶け込んだ。
父親と静かに暮らした。
町の行事を手伝い、人手不足の時は近所の農作業などを手伝ったりした、慣れないながら。
顔に傷のある、大人しい素直な少年を町は受け入れた。
同情心もあったのだろう。
父親は前からの設計の仕事をネットなどで引き受けながら、町の人々のちょっとした機械を直し感謝されていた。
本の装飾をやり方を調べながら始めたのもこの町に来てからだった。
趣味でやっていたものを、友人がネットで紹介したのがきっかけになり、今は仕事になっている。
父親が去年突然病気で死ぬまで、二人で静かに暮らした。
不器用ながらも、父親は愛を示した。
今なお残る妻への憎しみをかりたてる顔はもうなくて、だから純粋に息子を愛した。
彼も父親を思った。
母親の共犯者だった自分を許してくれた父親を。
それは、彼には幸せな暮らしだった。
父親がいなくなった今でも。
幸せだ。
仕事があり、友人もいて、隣人達にも受け入れられている。
ほかに何が何いるんだろう。
たまに、熱い指を思い出しはしたけれど。
あれは思い出。
彼は果物の入った紙袋をもち食品店を出て、理髪店へ向かおうとした。
「 」
名字を呼ばれた。
この町の人間ならニックネームで彼を呼ぶのに。
その低く響く声に身体が震えた。
昔より低くなってはいても。
その声はその声だった。
マフラーごしに耳もとで囁かれた声。
忘れてない。
自慰する時に思い出すのはその声だ。
「気持ちええことしかせんから」
懇願する声。
「本が好きなんやろ」
偉そうに言う声。
震えながら振り返った。
抱えていた紙袋が落ちて、果物が転がるのを拾おうとも思わない。
あれから14年。
今さら会うなんておもいもしなかった。
黒い瞳が焼け付くように彼を見ていた。
濡れているようにも見えた。
傲慢な唇が、笑おうと歪められている。
でも上手くいかない。
大人になった。
大人の男になった。
元々おおきかった身体は一回り大きくなり、スポーツ選手のようだった。
「 」
低い声がまた彼の名字を呼んだ。
名字すらあの時には互いによばなかったのに。
「 」
名字を呼ぶ声は、低くて静かだったのに、何故か悲鳴みたいに聞こえた。
「どうぞ。散らかってるけど入ってや」
彼は台所にソイツを招いた。
こんなことなら綺麗に掃除しておくべきだった。
客間は父親がいなくなってから倉庫にしてしまっている。
ご近所付き合いなら、台所で十分なのだ。
割と広めの台所はテーブルを置いてある。
父親と息子の二人暮らしならこれで十分で、事務作業などもここでしていた。
テレビもここにある。
台所、作業場、そして寝室が生活空間だ。
連れてきてしまった。
あそこで何時までも二人で立ち尽くしているわけには行かなかったから。
「オレの家、来るか?」
挨拶もなく言った彼の言葉にアイツは無言で頷いた。
それから二人は何も話さないまま、彼の車で家に来た。
助手席からアイツが彼をじっと見つめ続けていた。
隠した顔は見えないけれど、傷口が走る方の顔を遠慮なく見つめていた。
まあ、コイツに遠慮なんてなかったことないけどな。
彼は思った。
玄関から台所に入った今も、彼を見つめ続けている。
コイツが好きだったあの顔の少年をさがしているのだろうか
もういないのに。
「コーヒーでも煎れるから座ってや・・・」
言いかけて、気付いた。
あの本がテーブルの上にあった。
何度も撫でてあの頃よりはるかに古びてしまったあの本が。
慌てて隠そうと伸ばした手を掴まれた。
火傷するかと思うほどその指の熱を感じた。
「持っててくれたんか」
低く押し殺したような声に、震えた。
怖かった。
あの頃のように。
持っていたどころか、目に触れるところにずっと置いていたことがバレたことに羞恥した。
「持っててくれたんやな」
手を強くつかまれ、身体をひきよせられた。
熱い指に、忘れられない熱い指に逆らえなかった。
「好きや。ずっと忘れられんかった」
強く抱かれた腕の感触。
胸の厚み。
それらは、アイツが少年だったころとは違っていた。
でも懐かしい匂いがした。
彼自体、もう大人の男の身体だった。
細身ではあったけれど。
あの頃とは違う。
違うのに。
あの頃と違って、顔を見ると脅迫もされていないのに、逆らえなかった。
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