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第15話

 「信じられへん。ホンマに変態やし」    彼はかすれた声で言った。  もう動けない。  何度も重なり放たれた。   奥深く、何度も。  色んな姿勢をとらされ、咥えさせられもした。  喉の奥を犯されているのに、自分が達したことが信じられなかった。  もう出なくなってもイけることを教えられた。  もう出ぇへんから出えへんから止めてやと泣きながら言う彼にコイツは   「でぇへんでもイけるから。なぁ?」  と言ってやり続けたのだ。  一番奥を犯された。  実際イけた。  終わらない絶頂に気を失った彼をさらに貫き、その衝撃で意識を取り戻させ、また串刺しにされた。    死ぬ。  死んでまう。  泣く彼にアイツは言葉だけ甘く言った。  あかん。  死んだらあかん。  死なんてといて?   殺しかけている人間のくせに。  「あんなん、普通やぞ、今時。縛ったりもしてへんし」  アイツは彼の頬にキスをした。  あれが普通?  彼は目を見開く。  セックスとは恐ろしい。     「動かれへん」  彼は恨めしそうに言った。  指先一つ上がらない。  「そやからお世話したやん」  アイツは唇を尖らせる。  確かに。  確かに。  夕方から朝までやりつづけて、動けなくなった彼の身体を風呂に入れ、ドロドロのベッドを整えたのも、食事を作って食べさせてくれたのもアイツだ。  すべてが慣れてなかった。  人の身体なんてあらったことない指が、不器用にでも優しく髪を洗い、肌を洗った。  セックスと同じ位熱心にアイツはそうした。  傷だらけの顔に何度もキスを落としながら。    慣れない手でベットのシーツやパットを取り返え、その上に彼を横たえた後、「食事を作る」と言って謎の物体を作った。  彼は大人しく、その苦くて、何なのかわからないものを口の中に入れられるのを受け入れた。  信じられない位不味くて、でも何故か美味しくて。  身体を支えてくれる腕が嬉しくて。  「毎日毎日お世話してやりたいわ」   アイツはポツリと言った。    彼は答えない。  答えられない。  アイツは今服を整えている。  帰るために。    「送ってやられへん。動けん」  彼は言う。    「ええ。歩いていく」  アイツは言った。  冷蔵庫からペットボトルの水を持ち出しながら。  「結構あるで」  彼は言った。  しかも舗道されているとはいえ山道だ。    「大丈夫や。歩きたい」  アイツは言う。  「そんな距離ちゃう」  彼は言う。  引き止めたいのか。  そうも思う。    もう少しいて・・・元気になったら送るから。  そういいたいけど言わない。  「ここにおったらずっとお前を抱いてまう。殺してまう」  真面目に言われ、恐怖と願望が同時におこる。  抱き殺されてしまいたい。  そうも思う。  「そんな目せんで。殺してまうから」  アイツはこまったように言った。   「台所の戸棚にな、俺が書いた本があったで。読んでくれてたんやな」  不意にアイツが言った。  えらい真剣やん  そう思ってしまう程、奇妙な口調だった。  アイツのことをずっと気にかけていたのがバレた気恥ずかしさが消えてしまうような。    「俺の本何冊読んでん?」  アイツは奇妙な質問をした。  彼は答えた。  「この一冊だけや」  そう。  この本には中身がなかった。  コイツはこの本にいなかった。  何か前向きなだけの奇妙なモノがつまっていた。  だから、裏表紙の写真以外に価値を感じなかった。  「俺の本は絶対に読んだらあかん」  アイツはさらに奇妙なことを言った。  「お前にだけ教えてやるわ。俺の本には時限爆弾がしかけられとる。いつか必要な時がきたら、それを読んだ奴らは暴れはじめる。そういう思想をわからん形で流しこんどる」  アイツはとんでもないことを言い出した。  「なんやねん・・・それ」  彼は絶句した。  コイツは何を言っている?  「俺は考えたんや。世界を変えるのに何がいる?権力?金?暴力?違う。思想や」  ソイツは微笑んだ。  本気なのだとわかった。  コイツはやはりコイツなのだ。  支配ゲームの達人。    世界を変える英雄みたいに言われてた少年は、本当にそういうモノになろうとしていた。  学者なんて、コイツらしくないと思っていた。  でもそういう魂胆だったのだ。  「俺の本は沢山の人に読まれてるんや。今度は外国でも出版されるんやで。そして、ゆっくりゆっくり、染み込んでいくんや。そしてそれはいつか爆発する」  アイツは楽しそうに言った。  「どうなるんや?」  彼は思わず聞く。  「さぁ?」  無邪気にソイツは肩をすくめた。  「悪くなるか良くなるか。でも確実に少なくともこの国は変わる」  子供のように笑った。  彼は鳥肌が立つのがわかる。  コイツは・・・この国すら遊び道具なのだ。  ただ、変えたかったのだ。  今じゃないものに。  興味本位で。  怖くなった。  彼の愛する男は・・・。  恐ろしい男だった。    「お前はここにおれ。田舎の方が安心や。何かあったらここに連絡しろ。俺の名前を出せや」    アイツは名刺を一枚彼の傍らに置いていった。  そして不意に顔を覆った。  あまりにも唐突だったけど、もうわかっていた。  「・・・もう会われへんのか」  アイツは呻くように言った。  肩が震えてた。    「そやね」  彼は微笑んだ。  解っていた。  コイツの隣りにはいられない。  コイツもそれが解っていた。  「お前の父さんに自分の生きている間はお前には会わせん言われたから、死ぬまで待った。何年でも待つつもりやった。もう一度だけ会いたかったんや・・・」  アイツの言葉に呆れる。  「人の父親の死を待つなや」  「そやけど、お前の父さんの言葉やから俺はお前に会うのを我慢したんや。あの人の息子を傷つけた報いをうけたんやで」  アイツの謎理論では問題が無いらしい。  「でも・・・お前とは一緒にはおられん。俺がおるとこはお前の存在を知ったら、またお前を壊しにくる。俺に手を出せんから。俺はもう・・・お前を傷つけられたない。お前がほしい。欲しいんや。でも・・・お前が傷つけられる位なら・・・」  アイツは泣いた。  欲しくてたまらないものをあきらめなければならないから。  欲しいものはなんでも手に入れてきて、世界さえ面白半分で変えようとしている男は、それでも諦めた。  愛しているから。  「うん。オレも愛しているよ」  彼は泣いてるアイツへ微笑みながら手をのばす。  伸ばした指を掴まれた。  もう彼は顔を隠していない。  顔は全てさらけ出されている。  おかしな男。  一番欲しくて、でも好きだからこそ諦めたのが、こんなもう若くもない醜い男だなんて。  「最初は顔やった。夜来光みたいや思った」   「夜来光?」  「一晩だけ咲く花や朝には消える」  「月下美人みたいなもんか」  「知らん」  泣いてたアイツが笑う。  「でもきっかけなんてどうでもええんや。俺は初めて誰かを優しく大事にしたいて思たんや・・・それがお前やったんや。それに気づいたらもう惚れとった」  全てがゲームである世界の住人の、例外。  プレイヤーではない人間である存在。  そして例外である存在は認められない。  彼はアイツの世界では生きられない。    彼はプレイヤーにはなれない。  知っている。  「オレの今の顔好き?」  彼は微笑む。  醜い顔で。    「お前が好きなら好きに決まってる」  優しい恋人の睦言。  彼はそれを大切に胸にしまった。  「もう行き。遅なる前に駅につくように」  彼はドアを指差した。  アイツが出て行きやすいように。  アイツは涙をふいた。  そう言えば。  もう一つだけ気になっていたことがあった。  「先輩どうしてはるん?」  自分の顔をこわした上級生の行方。  恨んでないが、気になってはいた。  何故かアイツが固まった。                        

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