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第16話

 「アイツか。アイツな。アイツは」  なぜかしどろもどろになる。  分かってしまった。  「まだお前の隣りにおるん」  さすがに彼は呆れた。  「違うんや!!誤解せんといて!!許すわけにはいかんかった。お前にあんなことしといて・・・でもお前もお前の父さんも構わへん言う。あれだけのことしといて事件にもならんなんて・・・許せるわけないやろが!!」  アイツは怒鳴る。  多分、それはそうなのだろう。  許せなかったのは。    でもそのまま側に置き続けていることの理由にはならないのでは、と彼は思った。  「使うてやってるんや。もう奴隷ですらない。顔と身体だけは使わなあかんからマトモなままにしとるけどな。今では命令以外に反応できへんようになっとる」  クスクス楽しそうにソイツは笑った。  「笑え言うたら笑うし、泣け言うたら泣くし。何しても喜んで従うで。時間をかけて壊したった。もうただの機械や」  アイツは自慢するように言った。  「お前が良くてもお前を傷つけた人間は簡単に殺さん。人生も感情も肉体も全部取り上げてやる」  浮かぶ微笑は凄まじい怒りをその中に滲ませていた。  「オナホの方がマシな扱いしとるのにな、アイツは自分が恋人やと思ってるんやで。オモシロイからそう思わせてやってるけどな」  残忍さを隠そうともしない言葉に彼は目眩がした。  コイツは。  コイツは本当に。  「お前が全部悪いんやろが!!」  思わず怒鳴った。  「そうや!!だから俺は一番酷い罰を受けたんや。お前を失った。それに比べたらアイツなんか大したことあるかい!!」  怒鳴り返される。  何言ってるんや、どこまで謎理論なんや。  彼は呆れ果てる。  でも、本気なのはわかった。  本気でそう思ってるのは。  「・・・先輩は許し・・・」   そう言いかけて止めた。  あの人はコイツを愛していた。  そういう形でもいたいと願っているのかもしれない。  コイツは最悪だけど、無理に側にはおかない。  離れたいと願うなら、願えるなら離れられるだろう。    彼を無理やりに連れ去ったりしないように。  憎まれながら側にいるのがいいのか。  愛されながら側にいられないのがいいのか。  彼には分からない。  言えることは一つだけ。  「もう行き、ホンマに暗くなる」  彼は言った。  アイツが闇に飲み込まれないことを願って。  あまりにも、お前の周りには闇が多すぎる。  それともお前が闇なんか。  だとしても。  どんなお前でも。  「もう一度あえてよかった」  アイツの背中をむけたままの言葉が最後になった。  彼は何も言わなかった。     泣きもしなかった。  そしてドアを開けてアイツは出て行った。    穏やかな日々は過ぎていく。  田舎での時間は長く、単調で、無駄だらけで、でも愛しい。  変わらない毎日。  仕事は好きだ。  この世界に一つしかない本がうまれるから。  本を美しく装飾し、休憩しながらコーヒーをのむ。  たまに友人のところに髪を切りにいき、食事に呼ばれる。  近所付き合いもかかせないし、父親がしていた修理の仕事も引き受けている。  そろそろ祭りの準備もしないといけない。  毎日毎週毎年。  過ぎる時間を愛しくすごす。  時折行う自慰は後ろの穴も弄るようになったことだけが前と違う。  アイツをテレビで観ることもある。  アイツはなんだか教祖みたいになってきた。  発言の一つ一つに誰もが熱狂する。  同性の恋人がいることを雑誌にすっぱ抜かれたけれと、アイツの人気には陰りはない。  むしろなぜか女性人気が上がったそうだ。  写真に映る上級生はやはり、綺麗で、柔らかな笑顔をアイツに向けていた。  愛しているのだな、そう思った。  この人は地獄のような天国にいる。    この人はそれでもアイツと生きていける。  でも羨ましいとはおもえなかった。  小さな宝箱みたいに優しさを隠し持つアイツが好きだから。  その優しさが彼にだけにしか向けられたものでしかなくても、生まれて初めて他人に感じた優しさを大切にとっている、アイツが好きだった。    そして、アイツの世界にはそういう優しさは存在しないのだ。  あんなに優しさを大切にしているのに。  可哀想な可哀想な恋人。  二度と会えない恋人。  貰った名刺には電話番号しか印刷されていなかった。  大切にとってはいるが電話する気はない。  恋人が世界を壊したなら、その結果を彼が受け入れてもいい。  そう思った。  お前が壊した世界に殺されるんなら、それはそれでええ。  彼は静かに恋人を愛し続ける。 END    

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