16 / 29
第16話
「アイツか。アイツな。アイツは」
なぜかしどろもどろになる。
分かってしまった。
「まだお前の隣りにおるん」
さすがに彼は呆れた。
「違うんや!!誤解せんといて!!許すわけにはいかんかった。お前にあんなことしといて・・・でもお前もお前の父さんも構わへん言う。あれだけのことしといて事件にもならんなんて・・・許せるわけないやろが!!」
アイツは怒鳴る。
多分、それはそうなのだろう。
許せなかったのは。
でもそのまま側に置き続けていることの理由にはならないのでは、と彼は思った。
「使うてやってるんや。もう奴隷ですらない。顔と身体だけは使わなあかんからマトモなままにしとるけどな。今では命令以外に反応できへんようになっとる」
クスクス楽しそうにソイツは笑った。
「笑え言うたら笑うし、泣け言うたら泣くし。何しても喜んで従うで。時間をかけて壊したった。もうただの機械や」
アイツは自慢するように言った。
「お前が良くてもお前を傷つけた人間は簡単に殺さん。人生も感情も肉体も全部取り上げてやる」
浮かぶ微笑は凄まじい怒りをその中に滲ませていた。
「オナホの方がマシな扱いしとるのにな、アイツは自分が恋人やと思ってるんやで。オモシロイからそう思わせてやってるけどな」
残忍さを隠そうともしない言葉に彼は目眩がした。
コイツは。
コイツは本当に。
「お前が全部悪いんやろが!!」
思わず怒鳴った。
「そうや!!だから俺は一番酷い罰を受けたんや。お前を失った。それに比べたらアイツなんか大したことあるかい!!」
怒鳴り返される。
何言ってるんや、どこまで謎理論なんや。
彼は呆れ果てる。
でも、本気なのはわかった。
本気でそう思ってるのは。
「・・・先輩は許し・・・」
そう言いかけて止めた。
あの人はコイツを愛していた。
そういう形でもいたいと願っているのかもしれない。
コイツは最悪だけど、無理に側にはおかない。
離れたいと願うなら、願えるなら離れられるだろう。
彼を無理やりに連れ去ったりしないように。
憎まれながら側にいるのがいいのか。
愛されながら側にいられないのがいいのか。
彼には分からない。
言えることは一つだけ。
「もう行き、ホンマに暗くなる」
彼は言った。
アイツが闇に飲み込まれないことを願って。
あまりにも、お前の周りには闇が多すぎる。
それともお前が闇なんか。
だとしても。
どんなお前でも。
「もう一度あえてよかった」
アイツの背中をむけたままの言葉が最後になった。
彼は何も言わなかった。
泣きもしなかった。
そしてドアを開けてアイツは出て行った。
穏やかな日々は過ぎていく。
田舎での時間は長く、単調で、無駄だらけで、でも愛しい。
変わらない毎日。
仕事は好きだ。
この世界に一つしかない本がうまれるから。
本を美しく装飾し、休憩しながらコーヒーをのむ。
たまに友人のところに髪を切りにいき、食事に呼ばれる。
近所付き合いもかかせないし、父親がしていた修理の仕事も引き受けている。
そろそろ祭りの準備もしないといけない。
毎日毎週毎年。
過ぎる時間を愛しくすごす。
時折行う自慰は後ろの穴も弄るようになったことだけが前と違う。
アイツをテレビで観ることもある。
アイツはなんだか教祖みたいになってきた。
発言の一つ一つに誰もが熱狂する。
同性の恋人がいることを雑誌にすっぱ抜かれたけれと、アイツの人気には陰りはない。
むしろなぜか女性人気が上がったそうだ。
写真に映る上級生はやはり、綺麗で、柔らかな笑顔をアイツに向けていた。
愛しているのだな、そう思った。
この人は地獄のような天国にいる。
この人はそれでもアイツと生きていける。
でも羨ましいとはおもえなかった。
小さな宝箱みたいに優しさを隠し持つアイツが好きだから。
その優しさが彼にだけにしか向けられたものでしかなくても、生まれて初めて他人に感じた優しさを大切にとっている、アイツが好きだった。
そして、アイツの世界にはそういう優しさは存在しないのだ。
あんなに優しさを大切にしているのに。
可哀想な可哀想な恋人。
二度と会えない恋人。
貰った名刺には電話番号しか印刷されていなかった。
大切にとってはいるが電話する気はない。
恋人が世界を壊したなら、その結果を彼が受け入れてもいい。
そう思った。
お前が壊した世界に殺されるんなら、それはそれでええ。
彼は静かに恋人を愛し続ける。
END
ともだちにシェアしよう!