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第7話

 そして、それが起こった。  ソレはついてくるなという命令を破って、彼といるあの踊場に来たのだ。  そして見たのだ。  マフラーて顔を覆った彼をだきしめているところを。  誰にも見せたことのない顔で笑っているのを。  それが理由だったのだ。  それが。    誰よりも彼を愛していることが。  ソレは彼を襲い、その顔をズタズタにした。    いつもつきまとうソレがいないことに何故か不吉なものを感じて、慌てて彼を探して見つけた時には酷い有り様だった。  悲鳴をあげた。  心臓をつかみだされたらこんな痛みを感じるのだろうか。  血塗れの顔。  髪まで血に染めて。  顔には割れた破片が刺さっていた。  醜悪な顔でさらに彼を刺そうとソレはしていた。  瓶を振りかざし、彼に馬乗りになっていたソレを掴んで引き剥がし、思い切り壁に叩きつけた。  ソレがどうなったのか気にもしなかった。  彼のことしか頭になかった。  彼を抱き上げ、近くの病院に運びこんだ。  父親の秘書の一人に電話して、「何とかしろ」と命じた。  何か問題を起こしたら処理する役の男に。  秘書はひどくとまっどった。  そんな取り乱したところを見たことがなかったからだ。  喧嘩で相手を殺しかけた時でさえ、こうではなかったからだ。  冷酷で確信犯な、でも恐らく父親以上に強力な権力を持つ者になる跡継ぎに「あまりやりすぎないように」と諭しはしても、むしろこの方が薄汚い世界を勝ち抜ける資質と思っていた男は、誰かが傷つけられた位で泣きわめくことに驚いていた。  まるで年相応の少年のように泣きわめいて、少年の側から引き離すに5人がかりでも無理で、少年のためだと説得されて、それでも彼のいる場所の近くからは離れようとしなかった。  手術後の本来は面会謝絶の病室に入るのを許されたのは、秘書のおかげだろう。  彼の血のついた衣服を着替えさせたのも秘書だ。    そして、彼は無事だと断言され・・・。  やっと混乱状態を抜け出したのだ。   でも、部屋にいると言ってきかなかった  めざめるまで離れない、と。  そして、やっとソレのことを思い出した。  「捕まえとけ、こっちでな」  秘書に命令した。  もう警察が拘束しているらしいが、処罰をするのは自分だと思っていた。  どうするかは、彼と話してから決める。    震えた。  彼が目覚めた時、震えた。  嫌われてしまうことに怯えた。  嫌われてしまう位なら、殺してしまおうかと本気で悩んで悩んで、でも出来なかった。  彼は夜来香だ。  夜だけに咲く、儚い花だ。  もともとひっそりとしか存在しない花だ。  それを自分の手で散らすなんて出来ない。  こんなに美しいのに。  ズタズタにされた顔を見てもなお、彼の顔を美しいと思っている自分に気付く。  脳に刻みこんだ、一度しか見たことのない顔とは全く違うものに変えられていたのに。    嫌われたくない怖い。   怖いから殺してしまいたい。  殺せるわけがない。  怖い。  怖い。  生まれて初めて恐怖に震えた。  彼に好きになってもらうつもりだった。  そのためなら何でもするつもりだった。  でも、それどころか嫌われてしまう嫌われてしまうのだ。  「嫌わんといてくれ・・・」  まだ目覚めないかれのそばで、椅子の上に惨めにうずくまる。  捨てられた犬みたいに。    彼が目を覚ますのを望みながら怯えた。  拒絶されたら、自分は死んでしまうかも、と。  でも目覚めた彼は、誰も憎んでなどなかった。  むしろ良かった、と笑おうとした。  彼が自分の顔を嫌っていたのは知っていた。  でも、自分でこうするべきだったから、ソレのことを責めるなと言われたのはさすがに驚いた。  母親の話は理解出来なかった。  彼には何の罪もない話だ。  彼が母親と同じ顔をしていたのが悪いのではなく、彼と中身が違うのに同じ顔していた母親が悪いのだ。  母親が死んだのは当然だ。  死ぬべきだった。  彼がそれに傷付く必要なんてないのだ。  彼に落ち度なんて・・・。    そして気づいた。  自分もだ。  自分も彼の母親と同じなのだ。    自分の好き勝手の結果、なんの罪もない彼を苦しめるだけの存在。  母親は心に自分は顔に二度と消えない傷をつけた。  母親もゲームをしていた。  自分もゲームをしていた。  プレイヤーは負けたならばどんな目にあっても仕方ない。  でも彼はプレイヤーではなかったのだ。  彼は自分が払わなくてもいい負債を払ったのだ。    嫌われたくないことよりも、理解が勝った。  自分は彼の側にいてはいけない。  いてはならないのだ。  ゲームは終わってない。  ゲームは終わることないのだ。  一度始めたならば、終わることなどない。  勝ち続けるか、負けて支配されるかしかない。  「お前もオレの顔が好きやったんやろ・・・なくなったで?」  彼は淡々と言った。  違う。     違う。  血にまみれたあの顔でさえ美しいと思うのだ。  彼の顔なら。  どんな顔でも彼の顔なら。  「俺は、俺は・・・」   でも何も言えなかった。  何もいう資格などなかった。  

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