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第10話

 「  」   震える声で名前をよんだ。  名字すら読んだことがなかったことに気づいた。  鄙びた町の、古い映画みたいな風景の中で彼はゆっくりと振り返った。  彼が手にした紙袋が落ちて、果物が土の上に転がっていく。  背はのびていた。   少女のようでもあった身体は大人の男のものになっていた。  たくさんの疵痕が走る顔の反面は、それでもハンサムだった。      だが、あの発光するような美しさはもうなかった。  でも、でも。       彼だった。  彼なのだ。  何も何も言えなかった。  見つめることしか出来なかった。    あの頃は見つめることさえ出来なかったからそれだけで幸せだった。  顔を見つめる。  疵痕の一つ一つ。  肌の質感、瞳の色。  全て。  美しい。  そう思った。  彼だから、綺麗だ。  彼だから。  「   」  名前を呼ぶのが精一杯だった。  結局、言葉は何も出てこなかった。  言葉を駆使して人を支配し、言葉で世界を壊そうとしているのに、惚れた男の前では、どんな言葉も出てこない。  彼が微笑んだ。   笑ってくれた。    それがはじめての自分への微笑みだと知り、胸が痛んだ。  笑わせてやることすら・・・出来なかったのだ。    「家に・・・来るか?」  頷いた。  最初からそのつもりだった  最初から抱くつもりだった。  自分は彼のモノなのだ。  全部を受け取って欲しかった。  彼が自分が送った美しい本をずっと持っていたことになけなしの勇気をふりしぼった。  震えながら誰かを抱きしめたことなどなかった。  顔を見せてもらった。  自分のために傷ついた彼の顔は美しかった。  他人のゲームの負債を引き受ける彼は美しかった。  この傷は、ゲームを拒絶する刻印。  そうやって生きることを拒否する証明。    傷の一つ一つが愛しくて、舐めたくてたまらなかった。  全部許可を得た。  「セックスさせろや」  彼の許可なくする気はない。  何故そんな呆れた目をするのかわからなかった。  咥えろとも、舐めろとも、自分でほぐしておけとも言っていないのに。  「好きにし」  でも、そう言ってくれたから、うれしくて嬉しくてたまらなかった。  抱きしめて頬ずりした。  傷の一つ一つを舐めさせてもらった。  服を脱がせる度に、彼の身体が見えることに浮かれた。  彼の性器が勃起していることに歓喜した。  自分の性器を握らせ、自分の欲望を伝えた。  「お前のもんや」  俺の全部は。  それを伝えた。  彼が要らないとしても、男は彼のものだった。  誓いのキスをした。      彼のものだと示すために。  彼が身体の下から眩しそうに男を見上げて、それに胸を衝かれた。    泣きそうになる。  だから彼の身体を隅々まで確かめた。  なぞり、キスしながら。  「見んといて」  ちょっと泣かれてた。    「嫌や」  拒否した。  全部見る。  忘れないように。    日に焼けていた。  その肌の味に酔った。  細身の身体には綺麗な筋肉がついていて、肉体労働もしてきたのがわかる。  身体は、示す、  彼がどう生きてきたのかを。   それが愛しかった。   太陽の味がした。  土の味がした。  綺麗な乳首を吸った。  指でしか触れたことがなかったそこは、やはり敏感で、彼は呻き声をあげた。  それが愛しすぎた。   穴を解すために舐めたら、「ハンドクリームを使え」と泣かれたが仕方ない。  舐める方がいいのだから。    夢中で舐めた。  彼のそこだから。  舐めては舌先でつついて、ほぐしていく。    だめっ・・  あかんて・・・  彼は泣くけど喜んでる。    だって、ほら、また性器から零してる。    だからやめてやらない。  変態・・・  そう言われて笑った。  彼相手ならどこまでも変態になれる。  指を入れなくてもトロトロになっていて、泣きながら達したのが可愛すぎた。    達した後の性器をいじり、潮まで吹かせたのはやりすぎたかと、思って焦った。    泣かせてしまったからだ。    怖がらないでくれ、と後ろから抱きしめて頬ずりする。     「お前が可愛いんが悪い」  そう言った。  可愛いから。  可愛いから。  ついしてまう。  「泣かんといてくれ・・・」  本気で困った。  でも、抱きしめた腕に手を重ねられ、安心する。  嫌われてない。  嫌われたなら死んでしまう、本気でそう思った。    指でもイカせた。  乳首でもイカせた。  彼は誰のモノにもなっていないのが触るたびにわかった。  一人を好む彼だから、恋人を作らないとは思っていた。  母親のことや、自分のせいで恋愛にはトラウマもあるだろうし。    でも、この身体を知っているのは自分だけであることに歓喜した。  もっと感じさせて。  もっと気持ちよくして。  二度と他の誰ともしたくなくなるようにしたかった。  彼を止めることは出来ない。  彼は誰のものでもない。   男は彼のモノであってもだ  誰も好きにならないで。    そう言う権利さえないのだ。  誰にも渡したくない気持ちが強すぎて、彼の首筋を吸い、痕を残してしまった。  彼に顔を押しのけられた。  怯える。   拒否された?  独占したい気持ちを嫌がられてる?  身体が震えた。  嫌がられてると思うだけで。  「痕つくんいやか?」  震える声で言う。  「・・・嫌ならせんから、せんから」  泣きそうになる。  彼の前では好きな子に嫌われたくない少年になってしまう。  3人でもしたし、4人でもしたこともある。  並べて順番に犯すのだ。  そんな風に好きなようにしてきて、  嫌なら帰れと言い捨ててきたのだ。   でも彼の前では・・・。  ふっと笑われた。  その微笑みに見とれた。  「・・・ええよ、好きにし」  彼はそう言ってくれた。  首筋に、かぶりついた。  噛みつき、吸う。  んっ  彼は喘いだ。    喉のまん中。  胸。   背中。  脚の付け根。  至る所につけていく。     つける度に反応する敏感な身体が愛しかった。  「俺のだ。俺だけの」  歓喜して叫んでいた。  彼がいいと言ってくれたのだ。      「俺はお前のもんや」  そう何度も告げた。  受け取って欲しかった。  要らなくても。    彼の蕩けきった身体に挿れた時、もう死んでもいいと思った。  彼を思って挿れたどんな穴とも違った。  だってここは本当の彼の中だ。  挿れながら泣いていた。    彼はゆっくり挿れただけで、薄くなった精液を迸らせた。    ああっ    そのあげた声にさえ胸が切なくいたむ。    「気持ち・・・ええ」  うっとり云われて暴発しそうになった。  こらえたのは、まだ味わいたかったからだ。  彼の中をまだ味わってない。  「エロいこと言うなや」  呻いた。    でも腰が揺れてしまう。  馴染むまで待たないと行けないのに。  揺らした腰に彼が喘ぐ。     「もっと・・・してぇ」  舌足らずに言われて、理性がとんだ。  「俺が欲しいか?奥までぶちこんで欲しいか?俺だけが欲しいか?」  責めるように聞いた。  言って欲しかった。  そんな権利もないのに。  「欲しい・・・お前が欲しい。奥まで全部欲しい・・・」  吐息まじりの言葉にイキそうになる。  男は言葉こそが一番、凄まじい快楽を脳に叩き込むことを知る。  息をのんでたえた。  でもまだ言葉は続いた。  「好きや・・・離れてからそう思ってん」  彼はそう言って、喘いだ。  脳が言葉にあふれ完全に焼き切れた。  咆哮した。  獣のように叫んだ。  全身に快感が押し寄せた。  性器からだけじゃない快楽は、胸から、脳から、そして繋がる場所の全てから男を波のようにさらった。  「好きや。好きやねん、お前だけが!!」  泣きわめいていた。  貫いた。  更に深く繋がりたくて。  皮膚をとかしてしまいたくて。  もっともっと深く繋がったなら、離れないでいられるのか?   そう思えてしまって。  彼が叫ぶ声も、自分が叫ぶ声も溶け合っていく。  溶けたい。  溶けあいたい。  離れたくない。    本当の彼とするセックスは、彼を思ってしたセックスなどとは比べものにならなかった。    ドロドロにとけてしまいたかった。  彼と同じものになって、ずっと側にいたかった。  でも。  それは無理だと知っていた。      

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