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第34話
俺はアメリカのソフトウエア会社勤務の親父と、取引先の会社社長の娘だった母さんとの間に、長男として生まれた。
両親は優しくて温かくて、何不自由無く生活をしていた。
2つ年下の弟は人見知りが酷く、幼い頃はいつも俺の手を掴んで離さなかった。
洞察力が良いらしく、すぐ人の本性を見抜いてしまうようで、人の好き嫌いが激しい弟を守る為に、いつしか愛想の良い子供になっていた。
幼稚園から、有名私立のエスカレーター式の学校に通い、ありがたい事に、親父に似たのか勉強もスポーツも、なんでもそつなくこなせた。
小学校に上がる頃、親父が開発したシステムがバカ売れして、エリート街道まっしぐらになる。
そうなると、取引先の家族パーティーとかに呼ばれたりして、正直、面倒くさかった。
人見知りが激しい渚の面倒を見ながら、大人達のご機嫌取り。
「お兄ちゃんは優秀なのに…渚君は残念ね」
「渚君、容姿も頭脳も、全部お兄ちゃんに持っていかれて本当に可愛そう」
「あんなに格差があるなんて、私だったら耐えられないわ」
好き勝手に噂する大人たち。
うるさい、うるさい、うるさい!
俺は渚の小さな手を握り締めて、こんな大人達を忌み嫌った。
一度、渚の悪口を言う大人のことを両親に相談すると
「人には人それぞれ良さがある。海には海の、渚には渚の良さがある。それは父さんも母さんも分かってる。だから、言いたい人には言わせておきなさい。でも、お前はそんな人間にはなるなよ」
俺の肩に手を置いて、そう答えた。
渚は感受性が強い分、すべてに対して優しい。
口数は少ないけど、人を色眼鏡で見たりもしない。容姿だって、俺から見たら充分、他の子に比べたら可愛いし、勉強だって平均点取れてれば充分だと思う。
なのに、世間はずっと「お兄ちゃんは全て揃ってて素晴らしい。それに比べて渚君は…」と言い続けた。誰もが渚を可愛そうだと言う。
俺だって優秀じゃない。
完璧な人間なんて、存在しないのに!
悔しかった。
渚を可愛そうだと言う奴等に、笑顔を振りまかなくちゃならない自分がたまらなく嫌だった。
中学に上がる頃になると、嫉妬や妬みを持つ輩も現れ始めた。
それが決定的になったのは、学校のアイドルだとか騒がれている2つ上の先輩に告白されたのがきっかけだった。
モデル事務所に入ってるとかで、みんなにチヤホヤされて有頂天になってる女で、俺は彼女が大嫌いだった。
「すみません。俺みたいな奴には、先輩のような高嶺の花とお付き合いなんて出来ません」
って、いつもの笑顔を浮かべて丁重にお断りすると、それはそれで面白くないのだろう。
「調子に乗ってる」だとか「身の程知らず」とか、陰で散々悪口を言われた。
「一条君、私、どうしても諦められないの」
目に涙を浮かべ、縋り付くように言われて反吐が出そうだった。
全部、演技なのがバレバレ。
彼女が欲しいのは、「成績優秀、スポーツ万能のスーパーマン。一条海」を隣に並ばせて歩きたいだけ。アクセサリーと同じ感覚なんだろうと思った。これで断れば面倒臭いと思い
「じゃあ、友達から…」
ってOKした。
まぁ、翌日から大騒ぎ。
俺を連れ歩きたい彼女は、翌日から俺にべったりだった。
「友達」って言葉、知ってるの?
って言いたくなった。
休み時間になる度に来て、「私は一条海の彼女です」って顔で隣に居座る。
どいつもこいつも、本当に面倒臭い。
そう思いながら、笑顔で対応する自分も嫌いだった。
さっさと高等部に行ってくれないかな?って思いながら、彼女と付き合って2ヶ月が過ぎた。
「海、キスして」
誰もいない放課後の校舎。
俺に抱き付いて、彼女が瞳を閉じる。
嫌で嫌で仕方なかった。
なんで好きでも無い奴に、キスしなくちゃならないのかがわからなかった。
恥ずかしがるフリをしながら
「俺…先輩が初めてなので…その…」
と、遠回しで拒否したのに
「大丈夫。教えてあげるから」
そう言われて、半ば強引にキスをされた。
まぁ、きっかけがどうであれ、性に関して興味が出始める年齢だった事もあり、後は流されるまま…。欲求を満たす為だけに、俺は彼女が求める時に、求められるまま答えた。
元々、自己顕示欲の強い女だったので、自分の好むように答える俺が都合良かったのだろう。
彼女が次の相手(アクセサリー)を見つけるまで、2年間、付き合わされた。
周りからは「芸能人の彼女が居て羨ましい」とか言われ、俺は益々、作り物の笑顔を浮かべるようになった。
長いアクセサリー生活が終わり、俺は二度と同じ誤ちを繰り返さないと、「渚以上に大切な人以外とは付き合わない」と答えるようになった。
まぁ…、いつしか言葉は進化を遂げ、一条海は惚れた女を口説く時「やっと渚以上の人に出会えた」と口説くらしい。と広まった。
もう、どう言われても良いと思っていた。
2度と流されないようにと、親父に頼んで空手に通い始めたのもこの頃からだった。
部活は万年帰宅部で、面倒臭いしがらみの無い「強い」か「弱い」かだけの世界に没頭して行った。ただ、誤算だったのは、親父が見つけた道場が、空手は空手でも、極真空手だったと言う事。
ゴリゴリの格闘技を習わせて、親父は俺をどうしたいのやら?って思ったっけ…。
そして出会いは高校1年の夏。
その人はシャツとネクタイを窮屈そうにしていて、その上に白衣を着ていた。
何処か遠くを見つめる瞳はビー玉みたいで、夏休み前の特別授業の先生だと言って紹介された。
漆黒の髪の毛が、色白の肌を強調させていた。
小さな華奢な身体。
何処か危うそうな感じを漂わせ、教師という言葉がこれ程似合わない人を見たことが無いと思った。
「1ヶ月間、1年生に数学に興味を持ってもらう為の授業を担当します相馬和哉です」
言われたから話します。という感じをモロに出し、気怠そうに話すこの人がやけに印象に残った。取り繕う事も無く、あるがままに生きている感じがした。
嘘で塗り固めた自分とは、対極に居る人だと感じたのを今でも覚えている。
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