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第36話

「おい、そこの生徒。降りてこっちへ来い」 目を座らせ、その人は僕を呼ぶ。 諦めて降りると 「此処、生徒の立ち入り禁止場所って分かってるよな?」 そう言われて黙っていると、手を出された。 「生徒手帳出して。報告するから」 そう言われて、胸ポケットから生徒手帳を取り出して手渡す。 その人は手帳に目を落とすと 「一条海…?一条って…」 そう言いながら俺の顔を見上げた。 漆黒のガラス玉のような瞳が俺を見つめる。 その後、突然、俺の手を掴んでマジマジと見てから、バチンと音が鳴る程の強さで両頬を挟んだ。 そして俺の顔を引き寄せると 「うわ!間近で見ると、お前、本当に嫌味なくらいに綺麗な顔してんな」 と呟き、手を離してうんうんと頷き始めた。 「あの?」 疑問の視線を向けると 「あぁ、悪い悪い。嫌さ、あんなにボロカス言われる奴って、どんな奴か興味あったんだよね。」 そう言われて、思わず拍子抜けする。 「はぁ…」 呆れた声を出すと、その人は僕に顔を近付けて 「仕方ないな。お前…その身長でその顔。で、がっかりするくらいの変な声でもなく、まぁ、普通?それで学年トップ。嫌味だね〜」 って言って笑ってる。 そして突然、制服の上から身体を触り出し 「しかもお前、身体鍛えてるだろう?そりゃ〜、女子からキャーキャー言われるわ」 無遠慮に話して来るこの人に 「俺だって、こんな顔で生まれたかった訳じゃ無い!」 思わず叫んでしまっていた。 「何をしたって、みんなこの顔だからえこひいきされてるって…。どんな顔してたって、モテるからスカしてるだとか、良い気になってるとか言いたい放題言われて。だから笑ってるしかなかった。それでも…結局は…」 そう言い掛けて唇を噛んだ。 『俺は一条様だ!って顔して』 あの言葉が脳裏を過ぎる。 すると 「馬鹿じゃないの?」 突然言われて、目が点になる。 「お前さ、そんだけ綺麗な顔で産んでくれた親に感謝だよ。良いか、頭が良くて優しいブサイクと、顔が良くて頭が悪いけど優しいイケメン。どっちが選ばれると思う?」 真剣に聞かれて思考が止まる。 「はぁ?」 思わずそう返すと 「はぁ?じゃないよ!お前な。さっきの奴等の顔見てないだろう?あんだけブサイクじゃさ、そりゃ〜女にモテないよ。しかも性格まで最悪。ありゃ〜、人生終わってるな」 その人はそう言うと 「お前が努力してるのは、一目で分かるよ。指のペンだこ。引き締まって綺麗に付いてる筋肉。なによりその目だ」 そう言うと、まっすぐ俺を見つめた。 「きみの目は、己を律して真っ直ぐに生きている目をしている。だから、上っ面しか見ない奴等の言葉なんか気にするな」 そう言って、俺の胸ポケットに生徒手帳を戻した。 「え?」 驚いてその人の顔を見ると 「散々、ボロカス言われて、生徒指導に怒られたお前、泣いちゃうだろう?俺、ベッドで泣かされるのは好きだけど、泣かせる趣味無いから」 そう言って微笑んだ。 ポカンとしてその人を見た後、言葉の意味を理解して顔が赤くなる。 「な!」 「お!その反応、可愛いね〜」 真っ赤になる俺を、楽しそうに見上げると 「一条海。確かに生まれ持って綺麗な顔立ちをしているが、お前はちゃんと生きてるよ。自信持て」 そう言うと、生徒手帳が入ってる胸ポケットをノックするように叩く。 その瞬間、ドクリと心臓が高鳴る。 「あれ?なんか今、教師っぽくなかった?」 そう言って笑っている声が、心臓の音で良く聞こえない。 『ドキン』 「そう言えばお前、1年だよな?」 『ドキン』 「C組って書いてあったから、お前のクラスは火曜日だったよな?」 俺を見上げる瞳と目が合う。 その瞬間、顔が熱くなって息苦しい。 心臓の音がずっとうるさくて、声が遠くに聞こえる。 「おい、どうした?」 怪訝な顔をして、その人が俺の顔を両手で挟んで額と額を合わせた。 その人の顔がドアップになり、目線をどこにしたら良いのか分からなくなる。 「なんだ!真っ赤な顔してるから、熱があるかと思っただろう!」 そう言って手を離すと、にやりと微笑み 「お前…さっきの事、想像してたんじゃねぇだろうな?」 と言われた。 「さっきの?」 って聞き返しながら 『ベッドで泣かされるのは好きだけど』を思い出す。益々真っ赤になっていると、その人は俺に手招きをした。 なんだろう?って思って近付くと、首に手を回されて 「海のえっちぃ」 って囁かれ、耳元に息を吹きかけられた。 「!」 驚いて後退りすると、楽しそうにお腹を抱えて笑っている。 その笑顔が…本当に綺麗だった。 何も映さない瞳より、何も興味無さそうに遠くを見つめている顔より、お腹を抱えて笑っているその人が、誰よりも愛おしいと思った。

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