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第59話

その日に和哉さんのアパートへ行こうとして、今から行ったら門限までに帰宅出来ないと考えて諦めた。 何度連絡しても、和哉さんのスマホは電源が切られていて繋がらない。 翌日、学校へ行くと、心配した悠斗が 「どうだった?」 って聞いて来た。 「最悪…。あいつにキスを迫られて、その現場を見られた」 俺の言葉に、悠斗が一瞬声を無くす。 「マジかよ。そんなタイミング良く?」 顔が強張る悠斗に 「取り敢えず、学校終わったらアパートに行って来る。話を聞いてくれるか分からないけど、やるだけの事はやってみるよ」 そう言って、力無く笑った。 授業を受けても、不安で仕方なかった。 あの…哀しそうな、泣き出しそうな笑顔で 「さよなら」 と言われた言葉が離れなかった。 目を閉じると、この時の情景が浮かぶ。 どうか、話を聞いてくれますように…って祈りながら授業を終えて、俺は走って和哉さんのアパートへと向かった。 いつもの部屋の鍵を開けて、俺は呆然と佇んだ。 そこはもう、もぬけの殻だった。 鞄がドサリと落ちる音が聞こえて、それが自分の持っていた鞄だったとわかるまで時間が掛かった。 (嘘だろ?…全部、全部無かった事にするのかよ!) そう思った時、背後に人の気配がした。 慌てて振り向くと、小関弁護士が立っていた。 「まさかと思っていたが、良くもまぁ…来れたもんだな」 蔑んだ目をして俺を見ている小関弁護士は、俺に手を差し出した。 「?」 疑問の視線を投げると 「合鍵、返してくれ。それが無いと、この部屋の鍵を入れ替えないといけなくなるからな」 って言われた。 「和哉さんは?和哉さんに会わせて下さい!」 俺が懇願すると 「和哉をあんなボロボロにした奴に、会わせる訳が無いだろうが」 そう言われて 「違うんです!あれは、誤解です。」 と、必死に食い下がる。 「誤解?そんなの知らねぇよ。これ以上、あいつに付き纏うなら、警察に突き出すぞ」 そう言われた。 「突き出されても構いません!和哉さんの噂を流したのが、和哉さんの元カレだと聞きました。もしかしたら、まだ、和哉さんを狙っているかもしれません。だから…」 「だとしたらなんだ!あいつが今苦しんでるのは、お前の裏切りだ。何をしたのかなんか、聞きたくも無いし知りたくも無い。二度と和哉の前に顔を見せるな」 と吐き捨てられ 「鍵を返す気が無いなら、勝手にしろ」 そう言うと、小関弁護士は俺に背を向けて歩き出した。 「裏切ってなんかいません!俺は…」 いくら叫んでも、小関弁護士は振り返る事無く車に乗り込んで去ってしまった。 (あの人の所へ行ったのか…) 俺は茫然と車を見送り、キーケースから鍵を抜き取った。 あの日、俺の背中に乗って 『キーケース、開けてみ』 そう言われてキーケースを開くと、俺の背後に抱き着いたま 『これ、この部屋の鍵。毎日、玄関の前で待たれるの困るから、中に入って夕飯作って待ってて』 そう言ってくれた和哉さんの温もり。 「良いんですか?」 って聞いた俺に 『良いもなにも…。もう上げたんだから、返品不可な。それから、合鍵それ一個しかないから、無くすなよ!』 そう言ったのは…和哉さん、あなたじゃないですか。 「嘘吐き…」 ぽつりと呟いた。 この言葉を聞いたら、あなたは何て言うのかな? 『お前が俺を放っておいたからだろう!』 って怒るのかな? それとも又、俺は消された存在にされるのかな? 鍵をもらった時、嬉しくて抱き着いた俺に 『お前、うざいよ!』 って、笑ってた笑顔はもう此処には無い。 俺はキーケースから鍵を取り出し、空っぽの部屋を一度見つめてドアを閉めた。 鍵を閉めて、合鍵を郵便受けへと落とす。 和哉さん……本当にこれで終わりですか? あなたにとって、俺はその程度の人間だったんですか? 心が死んだみたいだった。 世界は灰色で、全てがモノクロに見えた。

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