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第65話

「それってさ、僕が酷い奴みたいじゃないか!」  海の話を聞いて、僕が頬を膨らませる。 「でも…事実ですから…」 苦笑いを浮かべる海を、僕はギュッと抱き締めた。 「ごめん」 ぽつりと呟くと、海は小さく笑って 「俺もいけなかったんです。もっと早くに、和哉さんに本当の事を伝えるべきでした」 と言って僕を抱き締める。 「でも、早くに言われてたら、海の事を好きにならなかったかも」 って冗談っぽく言うと、海は慌てた顔で 「え!そんな!」 と叫んだ。 その顔が情けなくて、僕は思わず吹き出して笑ってしまう。 すると海は頬を膨らませて 「冗談でも止めて下さい。心臓に悪い」 そう言った顔が、本当に悲しそうだった。 その時、僕はどれだけ海を傷付けていたんだろうって思った。 僕は海の頬を両手で包み 「海。すぐ離れちゃうけど、でも、僕はもう海以外の人にこの身体も心も許す気は無いから」 って呟いた。 「…と言っても、信憑性が無いか…」 僕が自嘲気味に笑うと、海は僕の身体をぎゅっと抱き締めて 「信じてます。俺も、和哉さん以外の人は目に入りませんから」 そう言って微笑んだ。 「ブーゲンビリア…」 入院している時にもらった栞を思い出してぽつりと呟くと 「え?何です?」 って聞き返された。 僕は抱き締めている海の手を放して、自分の鞄へと走る。 そして文庫本を出すと、栞を手渡した。 「花の名前 ブーゲンビリア。  花言葉 あなたしか見えない」 と書かれた栞を見ると、海は真っ赤な顔をして 「これ、俺じゃないです」 って叫んだ。 僕がちょっとガッカリすると、海が僕を抱き寄せて 「でも、俺の気持ちそのものです。さすが、俺の友達です」 と呟いた。 「え?」 僕が疑問の視線を投げると 「この栞、俺の親友の彼女が入れてくれたんです。俺達が上手く行きますようにって、祈りを込めて」 そう答えた。 この栞に、そんな思いが込められていたんだと知って、捨てなくて良かったと心からホッとした。 そして、大切に栞を本に挟むと小さく微笑み 「そっか…。じゃあ、感謝しなくちゃだな」 と言って海の膝に跨いで座り、首に手を回す。 どちらからともなく唇が重なり、触れるだけのキスを何度か繰り返す。 そして見つめ合い、今度はお互いに貪り合うように激しい口付けを交わす。 「海……抱いて…」 そう囁くと 「お腹はもう大丈夫ですか?」 って言われて、小さく微笑んだ海が労わるようにお腹をさする。 僕が恨みの視線を向けて 「分かってる癖に」 と唇を尖らせると、海は額にキスを落とすと僕を抱き上げてベッドへと連れて行く。 ゆっくりと下ろされて、もつれるようにベッドへと2人で沈んで行く。 最後の夜は、温かい人達の気持ちに支えられて今の僕達があるんだと知る事が出来た。 重なる手を見つめて、もう、この手を決して自分から手放さないと心に誓った。 「和哉さん、愛してます」 囁く声は、もう泣いていない。 胸が熱くなる程、甘い声となって僕の心へと溶けて行く。 息を詰めて果てる時、海の少し眉を寄せる顔。 僕の中で熱い迸りが弾けた時、詰めていた息を吐き出す口元。 荒い呼吸を整える時、思わずゾクリとする程に色気のある表情。 全てを焼き付けようと思って見つめていた。 ゆっくりと抱き締める海の背中に手を回す。 このまま、繋がったまま2人で一つになれたらどんなに良いのだろうと思う。 「海、愛してる」 僕の言葉に、汗で濡れた海の顔が優しく微笑む。 好きな人の穏やかな笑顔に、僕は満たされた気持ちで目を閉じた。

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