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第4話

 「ほな、後は頼んだで」    茶髪先輩はオレに言った。    シャワーを浴び、身支度をととのえている。  オレは頷く。    短髪はオレをあからさまに睨みつけ、オレの目の前でわざとらしくあの人の唇を貪ってから、またオレを睨んだ。  それからあの人の頬に優しく触れた。  優しく撫でた。  「帰りますね、先輩」  甘えるような優しい声で。    「うん、ほんならな」  あの人はぼんやり言う。  開いているのに何も見ていないようなあの目で。  苦く短髪は笑った。  その痛みは何故か解る。  どんなに深くこの人の中に入っても、この人はどこまでも遠いのだ。    2人が出て行くとオレはあの人を抱きかかえる、オレも服を脱いで。  そしてシャワーを浴びにいく。  座れるような空間はないから、自分にもたれかけさせて、あの人を洗う。  コンドームを使っていても、あの人に挿れたり、あの人のを咥えない時は生のままだから、あの人の自分の精液でドロドロに汚れるのだ。  ローションも、唾液も、あの人を汚す。     もっと汚したくなる。  中からぐちゃぐちゃに汚したくなる。  でもしないのはルールだからだ。  オレは丁寧に置いてあるボディソープであの人の身体を洗っていく。  壁にもたれかけさせたり、自分で支えたりしながら、立っていられれないあの人が少しでもしんどくないように。  触れている肌が熱くても、そういう風には触らない。  触らない。  肌が触れ合って、あの人の肌にオレのが擦れても。  「シてもええのに」  あの人がイタズラにオレの固くなったそこに触れてきても、その手を払う。  「・・・したないんや、みんなと同じは嫌や」  オレは言う。  「オレに惚れとるから?」  あの人は笑い、オレは真顔で頷く。  「アホやなぁ・・・アイツらもアホやけど、お前もアホや」  あの人はポツリと言った。    その髪まで、優しく洗う。  洗って、ドライヤーで乾かして、かかえて送って、ベッドまで寝かせる。  そして、ドアを閉めてカギをポストに入れてかえる。  した後のこれがオレの役目になっていた。    アイツは誰ともちがったんや。  茶髪先輩が言った。  見せてくれたのは昔の写真。  二年前の高校生一年の時のあの人。   やはりあの人は水泳部に所属していた。  二年前まで。  今より短い髪。  今とは違う褐色の肌。  水泳部の仲間達と肩を組んで笑う笑顔は、普通の少年のものだった。  「元々、両親が離婚して、子供の頃から婆ちゃんとこに預けられててな、南の島ので育ってたんや。小学6年の時に婆ちゃんの具合が悪くなって、婆ちゃんが施設に入って、コイツは父親のとこに連れて来られた。泣いて嫌がったらしいけどな」  茶髪先輩は写真を撫でた。  あの人の真っ直ぐな目はカメラを向いていて、カメラを持っていたのが茶髪先輩だと何故かわかった。  あの人の目にきちんと誰かが映っていたころだったのだろう。  「婆ちゃんと海を恋しがってな、来たばかりの頃はよう泣いてた。婆ちゃんに会いたい。海に入りたい島に帰りたいって。島では真冬でも泳いどったらしい。まあ、あそこはぬくいとこやけど」  そんなあの人を中学で水泳部に誘ったのは茶髪先輩だったらしい。  「アイツはちがったんや。アイツよりはよ泳げるヤツはいくらでもおる。でもな、水の中のアイツは全くちがったんや」  水の中で息が出来るかのようだった。  泳ぐのとは違う、そう、自由に動くことができた。  水の中にいるアイツは、水の中の生き物みたいやった。  「あれは見ないとわからん。オレらは夏休みとか、アイツの島にアイツについていったけど、海の中のアイツはオレらとは違う生き物みたいやった。見とれた」  先輩はため息をついた。     オレは見えたような気がした。  髪を水の中に広げ、生き生きと泳ぐ生き物。  水底に水面に自在にうごき、鮮やかに方向転換し、水中に止まる。  「アイツは自分のこと河童や言うて笑ってたけと、オレは・・・人魚みたいやと思ってた」  先輩はあの人の姿を思い浮かべ、目を細めた。  「先輩、あの人のこと好きなん?」  オレは聞かずにいられなかった。  「・・・当たり前や。マブダチやぞ。親友や。・・・こんな風になってもうてもな。抱いてもうたら色々混じる、混じってまう。自分の女みたいに思ってまう時もある。でもな、オレはアイツの親友なんや」  先輩は苦く言った。  それは本当で、だから先輩は苦しんでいるのだと思った。  「アイツらもそうや。アイツとは友達やと思ってる。今でもな。まあ、一人だけちゃうのがおるけどな」  茶髪先輩が言ったのは短髪のことだと思った。    中学の時の後輩で、あの人に憧れてこの学校まで追いかけてきたのだそうだ。  「でもそれだって、ホンマは憧れた綺麗な思い出で終われたもんや。初恋が集団で一人を犯すもんやなんて、可哀相やとさすがにオレも同情してる。アイツを加えるべきやなかった。でも、初恋の憧れの先輩がみんなにされてるを見るだけなんもあれやしな・・・つい、アイツが来たら仲間にしてもうた」  先輩は頭を掻いた。  先輩は同情しているが、オレはしない。    まともなあの人を知らないオレには、今のあの人で十分だし、今のままでも良かったからだ。  でも、知りたくて、あの人を送った後、茶髪先輩を呼び出し、話を聞いたのだ。  「何でオレらがアイツを犯してんのか知りたいんやろ?何でアイツがああなったのか?・・・でもオレにも本当のところはわからんのや。アイツも言わんし、でも、アイツがもう水の中に帰れなくなったのは理由の一つやと思う」  先輩は言った。  「アイツは病気やねん」  肺をやられたのだ、と先輩は言った。  空気が綺麗だった島から、工場地帯や大きな国道が走るこの町に来たせいか、今では違法な廃棄物が出る建築の解体現場近くに住んでいたせいか、あの人は呼吸器に障害を持つことになった。  かなり深刻で、水泳など許されなくなった。  そこに長い休みの度に帰っていた島の、祖母の死も重なった。  「肺だけやないみたいや。いつもしんどそうにしとるやろ。ホンマはセックスなんかもとんでもないんや。でも、満足させたらんかったら、もっとムチャクチャしよる・・・しゃあないんや」  泳げなくなったあの人は消えたのだと言う。  学校からも家からも。  先輩は探し続けた。  そして見つかったあの人は酷い有り様だった。  病院であの人の父親から聞かされたのは、あの人が大勢に酷く犯されていたということだった。  死にかけていたところを保護されたのだと。  ただ、死ななかったのは運が良かっただけで、見つからなかったなら殺されるまでされていてもおかしくなかったらしい。  タチの悪い奴らに捕まっていたのだと。    目覚めたあの人は親友に言った。  「あのまま、ヤり殺して欲しかったんやけどな」  その目には光がなかった。  自分で相手を探し、酷くされることを楽しんでいたのだ、とあの人は笑った。  ヤり殺して欲しかったんだ、と。  そして、危ない奴らに捕まったのだ。  死んでも良かった、あの人は言う。  オレがいてもか。  親友に先輩は言う。  お前がいてもや。  あの人は言い切る。  もうグチャグチャにして、何もかもわからんようにして欲しいんや。  溺れて死にたい。  あの人は言った。  めちゃくちゃにヤラレてる時だけ、忘れられるんや。  あの人はボロボロの自分の身体を抱きしめた。  乳首吸うて、噛まれて、喉も犯されて、穴を目一杯広げられて。  奥まで突かれて。  頭おかしいなって。  やっと忘れられるんや。   あの人は病院のパジャマをはだけ、血が固まった噛み痕のついた乳首を自分で摘まんでこすりたてた。  親友の淫らな姿に先輩は固まる。  何をや!!   何を忘れたいんや!!  先輩は叫んだ。  もう海に帰れないってこと。  あの人はその時だけ、泣いたのだと先輩は言った。  後にも先にも一度だけだったと。    忘れたいんや  したいんや  頭がおかしくなるくらいおかされたいんや  あの人が叫ぶ。  だから。  だから。  「オレは仲間達と親友を犯すことにしたんや」  茶髪先輩は淡々と言った。  「殺さんためやったけど、ホンマはどうかな。アイツを性的に見てへんかったか云われたら自信ない。それに、いつまでこんなことを続けんのかと言われたら困る。気持ちええし、たまらんし、可愛いし・・・でも、オレらは、オレらは・・・マトモに戻りたくもあるんや。ちゃんとした彼女と普通の恋愛がしたい」  先輩は正直だった。  今やなくても、な。  苦しそうに言う。  そうやろう。  快楽だけに染まれるには、この人はマトモすぎるのだ。  「アイツがオレだけにしてくれるんやったら・・・それでもええんやけどな。大事にかわいがったる。もう今さら友情も恋愛もあらへんし。でもそんなのアイツはいらんのや」  先輩は苦しげだった。    「お前を入れたんも、ちゃんとアイツを理解してくれるヤツが増えたら、抜けたいヤツはぬけれるからや。それはオレかもしれん。やけど、お前やらへんし。これやったら抜けられへん」  先輩はため息をついた。  申し訳ない気分になった。  「でも・・・アイツがお前を引き入れた。ようわからんが、自分に突っ込まないのにお前を側に置いているんや。・・・何かあるんかもな」  先輩はため息をついた。  「オレらももうすぐ卒業や。もうこんな風には出来んなる。でもアイツが自分から殺されに行くのは絶対にあかん。お前も考えてくれや。なんとかならんか・・・」  先輩は頭を抱えていた。    大事なのだ。  あの人が。  本当に。  「大人にならんのなら、未来なんてないなら、ずっとずっとアイツを犯してやってもええんや。みんなでな。むしろ、そうやったらええとさえ思ってたりもするんや」  それも本音だった。  あの水底であの人に溺れる。  時間のない場所で永遠に。  それは甘い幽閉。  「でも、オレらは大人になるんや。アイツもな」  先輩の言葉は真実で、だからオレは打ちのめされた。  あの人はあの水底からも引きずり出されるのだと思って。  それはとても残酷な言葉にも思えた。              

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