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第6話

 次の日の夜明け、あの人を連れて海へ向かった。  もうオレだけのモノになったあの人を連れて。  家から兄貴の車を盗んできた。  助手席にあの人を乗せて、車を走らせた。  運転の仕方は兄貴から教えて貰ってた。  ちょっとでも綺麗な海が良かった。  でも捕まるわけにはいかなかったから、県内にある一番近い海水浴場を目ざした。  まだ、シーズンには早い。  だから、誰の邪魔もないはずだ。  そう思った。  あの人は真っ白な顔で助手席で眠っていた。  毛布だけをまきつけた身体は、手酷い性交の跡がそのまま残されている。  オレは帽子を目深にかぶり、車を走らせた。  明らかに未成年者だとバレるから。  そう、オレは15才で。  あの人は18才で。  子供だった。  でも決めていた。  あの人の望む通りにしてやるんだと決めていた。  海にたどり着いたオレは、車をその辺に置きざりにした。  そして、あの人を負ぶった。    浜辺に下り立つ。  潮の匂い。  まだつめたい風。  手をつかわず、靴を脱ぎ捨てた。  あの人を背負ったまま、海に入っていく。  あの人はまだ目ざめない。  オレはドンドン海へと入っていく。  浜辺に打ちあけられた、ごみが悲しかった。  もっと綺麗な海に連れてきたかった。  鼻のうえまで海水がくる。  オレは思い切って、海の中に沈みこんだ。  あの人を抱えたまま。  海水は、茶色の藻で汚れていた。  美しくはなかった。  オレは浮かび上がってみる。  だらりとしたあの人を抱えておよぐ。  オレは泳ぐのが得意ではない。  でも、もっともっと沖にいきたかった。  少しでも綺麗な海をあの人に見せたかった。  もがきながら浮かんでいると、あの人が目を開けた。  そのうつくしさに見とれた。  その目はもう穴のようではなかった。  オレを映していた。  深い深い水をたたえたような目だった。  あの人は笑った。  海にいることに笑った。   こんなに幸せそうに笑うあの人をオレは知らなかった。  「ありがとう」  あの人は言った。  オレはあの人と一緒に海の底へと向かった。  抱きしめあって、お互いを拘束しあう。  もつれ合う。    あの人の髪が水中に広がる。  肺の中の空気が海水に零れていく。  苦しいけれど、それでも腕と脚を絡めあった。    水面に浮かんでいかないように。  もがきあう。  「・・・殺して」  あの人は何度もオレにねがったのだ、抱かれながら。  オレだけのモノになってくれる代わりに。  オレを最後にしてくれる代わりに。  あの人は死にたがっていた。  オレに殺されたがっていた。  あの人が大好きな仲間ではないからこそ、オレが良かった。  酷い人。  酷い人だ。  でも、オレだけのモノになるならいいと思ってしまったオレが一番酷い。  オレはあの人ともつれ合った。  もつれ合って、水が身体を満たしていくのを感じた。  苦しくて苦しくて、でもあの人を離せなかった。  あの人の重りになり、あの人がオレの重りになった。  海に沈むための。  一人で死ねないあの人は、水の中でオレより早く意識を失っていた。  あの人を手放したくなかったのにオレの腕はとけてしまい身体はあの人から離れていた。  意識かなくなっていく。  でも、もう二人で海の底にいるのなら、もういいと思った。  海の中を漂うあの人。  それがあの人を見た最後の記憶になった。  オレは死ななかった。  病院で目覚めた。  海に入るオレ達を見ていた釣り人がいたらしい。  目覚めたオレは悲鳴をあげた。  オレのあの人。  オレだけのあの人は?  他に何も気にならなかった。  泣き叫び、暴れるオレは拘束され、抑えつけられ、鎮静剤を打たれた。  でもオレは暴れ続けた。  あの人が。  あの人が。  あの人がいなければ意味がない。  「あの人は?」    「オレのあの人は!!」  看護士が言ってくれなければ薬なんか関係なく暴れ続けただろう。     「大丈夫。生きてるから」  その言葉にやっと暴れるのを止めた。    オレの。  オレの。  オレだけの。  生きてた。  生きて・・・。  誰にももう触れさせない。  生かしていたらダメだ。  死ぬまであの人は・・・他の誰かを受け入れる。  オレが殺してあげるんだ・・・。  もう誰にも触れさせない・・・。  遠ざかる意識の中でそう思った。  目覚めたならあの人をさがす。  そして、一番近くの海に飛び込んで、今度は絶対に浮かび上がらない。  そう決めたのだ。  だが、そうはいかなかった。  あの人とオレを周りは引き裂いた。  また、オレとあの人が死ぬと思ったからだ。   それは間違い無かった。   少なくともオレはあの人を殺すつもりだった。  約束だったから。  でも、あの人をみんながオレから隠した。  退院後したらあの人は学校から消えていて、誰もあの人の行方を知らなかった。  茶髪先輩でさえ。  少なくともそう言ってはいた。  そうだ、オレはリンチにあいかけた。  あの人の仲間達が激高していたからだ。  そう、誰もがオレとあの人が心中しようとしたと思っていた。  でも本当は違った。  オレがあの人を殺そうとしたのだ。  あの人が望んだから。  あの人達はそれを知っていた。  バカバカしい。  自分達はそうしなかっただけのくせに。  あの人を抱いていたくせに、本当には手に入れようとしなかったくせに。    そこまであの人が欲しくなかったくせに。  あの人を置いて、普通の世界へ帰ろうと思っていたくせに。  短髪でさえ、あの人を手に入れるためにあの人の望みを叶えようとはしなかったのだ。  あの人を普通に戻すことを考えてはいても。  あの人はあんなにも生きていたくなかったのに。  海に還ったあの人を見た。  在るべき場所にいるあの人を見た。  あの人は、そこにいられないのなら、生きていけないのだとわかった。  還りたくて還りたくて仕方なかったのだと。  「殺してやれもせんかったくせに!!オレはあの人の望みを叶えようとしただけや!!」   オレを囲んだあの人の仲間に向かって怒鳴った。    「・・・その通りや」  茶髪先輩が静かに言い、仲間を下がらせた。  「アイツかて、仲間や親友に犯されたかったわけやない」  先輩は泣いていた。    「・・・・・・何時までも続けられることやなかったんや」  そう言って泣いていた。  だから、オレは黙った。  本当は「やっと終わった、とホッとしてるんやろ!!」と怒鳴りたかったけど。  この人達は、普通の世界に戻りたかったのた。  できるならあの人を連れて。  あの人が作った水の底から。  オレは。  オレはあの人を帰したかった。  あの人のいるべき本物の深い水の底に。  そして、あの人を自分だけのものにしたかった。  だけど。  だけど。  皆があの人をオレから隠してしまった。   あの人のマンションも引き払われていた。  茶髪先輩はあの人の行き先を教えてくれなかった。  知らないと言い張って。  誰も。  誰も。  それでもオレは必死であの人を探した。  近所の人の話を聞いてまわり、あの人の中学の人達から色々聞きだし、あの人の父親の家さえ探した。  でも、見つけた父親の家も引っ越していた。  もう、茶髪先輩しかいなかった。  茶髪先輩に何度も土下座をし、茶髪先輩の家の前に座りこみ、家の人に連絡され警察にまで突き出された。  オレはそれでも諦めなかった。  先輩につきまとい続けた。  先輩は複雑な顔をしてオレを無視し続けた。  何度か何か言おうとしていたけれど、やはり、黙ってしまっていた。  そして、そして。  ひと月後、  茶髪先輩はやっと教えてくれた。  「・・・・・・死んだ。昨夜な。実はな、もう肺だけやなかったんや」  あっさりと教えられた。    信じたのは先輩が何かから解放されたみたいな顔をしていたから。  全部終わったみたいな顔をしていたから。  「お前に伝言や『ありがとう。お前が最後や。お前だけや』そう言ってた。アイツな、死ぬまでキスの一つもさせてくれへんかった」  先輩は笑った後に、ポロポロと泣いた。  「お前に会わないと決めたんはアイツや・・・理由は教えてくれへんかったけど・・・いつもなんも言わん」  先輩は泣く。  オレは呆然と立ち尽くす。    「ありがとうってなアイツ・・・」  先輩は肩を震わせた。  「お礼を言うのはオレの方や。お前は・・・オレに親友を返してくれたんや。お前に会ってやれってオレは言うたんや。でも、アイツ・・・『死んだところでオレはアイツのもんやから。何も変わらんて』って・・・」  先輩の言葉が甘く胸を焼いた。  オレのモノなの?  オレを最後にしてくれたの?  ずっとオレだけの?  それは安堵だった。  どこかで誰かとあの人が繋がりながら、海に帰りたいと苦しんでいるのではないってことと、  本当にオレだけになるという約束を守ってくれたことの。  還ったんか?  還れたんか?  あの海の中へ。  オレはやっと安心した。  もう一度あの人を殺さなくて良かった。  もう大丈夫。  大丈夫。    でもオレは置いていかれた。  置いていかれて・・・どうやって追いかけたらいいのかわからなかった。  一緒に死ねたなら、ついていくだけで良かったのに。  オレは泣いた。  安心して。    オレは泣いた  一人取り残されて。  寂しくて。  茶髪先輩はそんなオレを見下ろし、やはり、先輩も泣いていた。      

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