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第8話
オレは目を血走らせながら車を運転していた。
アクセルをガンガンに踏み込む。
あの人はまた消えた。
腕の中にいなかった。
服の一枚も着ないでどこに消えたんや。
あの人ならド変態やから、全裸でも歩き回れるけどな。
でも、行き先の心当たりは一つしかなかった。
茶髪先輩。
あのボケ。
ぶっ殺す。
先輩の家に着いた頃はもう夜で都合良かった。
何度も警察を呼ばれたので、先輩の実家は気まずかったけど、今は市内のアパートに一人暮らしなのでなおさら都合良かった。
インターホンをならさず、ドアを蹴った。
思い切り蹴った。
「どこのアホや殺すぞ!!」
ドアはすぐ開き、先輩が怒鳴った。
オレを見て目を丸くする。
どうした。
何に驚いてる、
騙していたことがばれたことにか。
「あの人がおるやろ!!返せ!!」
オレは喚いた。
もう絶対に誰にも渡さない。
「何で・・・それを」
先輩は震える声で言った。
あの人は言ってないのか。
オレと今日あったことを。
先輩は黙ってドアを開けた。
オレは中に飛び込む。
あの人をさらって帰る。
もう離れない。
ワンルームの部屋には誰もいなかった。
バスルームのドアをあけた。
クローゼットの扉もあけた。
あの人はいなかった。
「どこや!!」
オレは先輩に向かって怒鳴った。
「そこにおる」
先輩はテーブルの上を指さした。
白い箱。
白い布に包まれた。
「まぁ、色々あってな、オレがちょっと前アイツの実家から引き取ってきたんや」
先輩は平坦な声で言った。
「何でお前がそれを知っていたんや」
先輩は不思議そうにオレを見た。
あの人。
これがあの人。
あの人なのか?
これは。
これは。
骨壺じゃないか。
「もうようなったんや」
「会いにこれなくてごめん」
「今日会えたんはアイツのおかげなんや」
あの人の言葉がグルグルまわる。
「少し前にな、遺骨をな、アイツとお前が入った海へ少し撒いてきたんや。何でかな、そうしよう思ってな」
先輩はバカなことをしたみたいに笑った。
ああ、そうか。
そうか。
だから、会えたのか。
オレは納得する。
だからやっとあんたはオレに会いに来れたのか。
オレは遺骨の入った箱を抱きしめた。
「オレのや」
オレは呻いた。
「この人はオレのや!!」
オレは叫んだ。
「ああ、お前に渡すつもりやった」
先輩は優しく言った。
泣いてるオレの背中をさすりながら。
「アイツは死んだらお前に自分を渡せって。自分はお前のモノやからって。こんな自分にホンマに惚れてくれるアホはお前しかおらんて。・・・やっとお前にアイツを渡せる。ずっとアイツの親父と交渉してたんや」
先輩の声はどこまでも優しかった。
オレは箱を抱きしめた。
箱は小さくて固くて。
でも、あの人やった。
海が美しい。
色が場所により変わっていく。
澄み切った水は、暖かい。
あの人の住んでいた島に来た。
さすがにここには仕事がなくて、でも、本島の方でスキンダイビングという素潜りのスクールに仕事を見つけた。
というより、無理やり就職した。
資格もない、ただ、潜っていただけのオレを雇うはめになった気のヨワいオーナーは涙目になっていたが、マナーの悪い、もしくはクレームばかりつけに来る本土からの観光客への対策にオレが役立つことを知り、今では喜んでいる。
休みには離島へ向かう。
フェリーてすぐつく。
あの人の島だ。
今では週末用に家も借りてる。
空き家の手入れを条件に、家賃はただだ。
そして、オレは海へ向かう。
あの人が還りたがった海に沈みこむ。
深く潜る。
今ではフィンの使い方も覚えたし、資格もとった。
オレは誰よりも長く深く潜れる。
当然だ。
オレは海に潜ってあの人を探すからだ。
水の中で腕を伸ばす。
あの人を呼ぶために。
この海にあの人を撒いた。
この海はあの人だ。
腕を広げ、抱きしめる。
白い影が揺れて、矢のように飛んでくる。
イルカが海を飛ぶように。
オレの腕の中に飛び込んでくる。
それを抱きしめる。
滑らかな肌をこの手で味わい、海の中で唇を重ね、空気を奪いあう。
そしてオレ達は水面に浮かぶ。
浜へと向かう。
「いっぱいしよう」
オレはあの人に囁く。
あの人を浜近くの家に連れ帰り、とことん抱くのだ。
「して」
あの人が笑う。
いつまでも変わらない18のまま。
これが現実なのかオレの妄想なのかオレにはわからない。
でも、オレは休みの度にこの海からあの人を連れ出し、抱きしめる。
あの人を撒いた海から現れたあの人を。
オレが死ぬ時はあの人が海の底へ連れて行ってくれるとオレは信じてる。
浜につくまでにまたキスをした。
塩辛い唇は、それでもひどく甘かった。
オレの人魚。
オレの。
あの人は海へ還ったのだ。
END
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